「お母さん、昔、あなたがしたことで今の自分を苦しめることを私はもうやめます。
あなたを許してさよならします。さようなら。」
「お父さん、あなたが私にしたことで自分を苦しめることを、もうやめます。さようなら。」
工藤(くどう)さんは厳しかった父母のことを思い起こしながらこうつぶやきました。
「もう、何十年も昔のことなのに未だに私は両親にとらわれていたんですね…
居心地悪く感じながらも、心の奥では自分が何もしない言い訳にしていたのかもしれませんね。
これでやっと一人の大人として生きていけるような気がします。」
そこには、45歳の自律した大人の顔の工藤さんが座っていました。
きっかけは、自殺予防に関するビデオを撮ったものを、HPにアップしたことでした。
ここのところ、うつに関する相談が多く、自殺願望を訴える人も少なくない中、事務所を始めたばかりの頃関わって自殺を踏みとどまった女の子のことを思い出した一(はじめ)さんの一言
で作ることになったHPのビデオ。
そのビデオを見たと言って工藤さんは自分で電話をかけてきたのでした。
「長いことうつで苦しんで来て、毎日辛くて辛くてどうにかなりそうでした。
本当にいろんな所に行きました。いいと勧められるものはすべて試し、うつやメンタルヘルスに関する本もたくさん読みました。
その中には、もちろん理論的に納得できるものもたくさんありましたが、自分が楽になるというところまでたどり着ける物にはなかなか出会えませんでした。
ところが昨日、毎日の日課のようになってしまった、インターネットでのうつに関することの検索をしていたら、こちらのホームページに行きついたんです。
前にも一回のぞいてみて気にはなっていたんですが、今回自殺予防のための動画を新しくアップしてあるのを見つけて、軽い気持ちで見始めたんです。でも、見ていくにつれて、すっかり事例や鈴木さんの考えに引き込まれて、最後は自分でも驚くくらい食い入るように見てしまいました…。
ぜひ、直接話をしてみたい、この人なら長年の苦しみを分かってもらえるんじゃないか…
そう思って電話したんです。」
電話口から、必死な様子が伝わってくるような、そんな口調でした。
数日後、始めてカウンセリングに訪れた工藤さんは、あいさつもそこそこに、うつになって以来辛くて不安だった日々のことを、せきを切ったように話しだしました。
「明るい気持ちになったのは、もういつのことか思い出せないくらいです。子どもの頃にさえ、楽しいとか幸せだと感じていたことはほとんど思い出せないくらいなのです…。
いつも両親の存在が気になっていて、次には何と言われるのだろうか、また怒られるのではないか、次は何を要求されるのだろうか、勉強のことかそれともあいさつのことだろうか…と。とても厳しい両親でいつも叱られるか、注意されるか、何かをするよう要求されるか…戦々恐々(せんせんきょうきょう)としてました。
親のそばにいて安心感を持てない、本当に気の休まる間がないという気持ちだったんです。
両親の言うとおりに勉強して進学し、両親の納得いく仕事に就くことは出来ました。
でも私にとってそれは楽しくも幸せでもなく、かといって両親に反抗もできず…
私にできることと言ったら、引きこもってそれを言い訳に親の期待に添わないことくらいでした。
いや、期待に添いたくてもその気力がわかないというのが本当だったかもしれません…。」
工藤さんは、誰かに話して分かってもらえることがよほどうれしかったのでしょう、ここまで一気に話すと、長い、長いため息をつきました。
表だって反抗もできず、適当にストレスを発散させる息抜きを親の目を盗んでできる人でもなく、ひたすら要求に応え、耐えてきた工藤さんの話を聞きながら、一さんは痛いほど工藤さんの心の奥に封じ込められた感情を感じていました。
おそらく、当の本人でさえ自覚していないであろう感情…
それは「怒り」でした。
その怒りに気づいてもらう前に、自分の中のエネルギーがどうして無くなってしまったのかを、理解してもらおうと思い、静かに一さんは話し始めました。
「工藤さんは、ご両親の要求に応えることを使命のように感じてこられましたよね?
そうすることが自分の欲求のように感じていたのではないですか?」
「改めて考えたことはなかったけど、言うことをこなさなければと考えていたからそういうことになると思います。」
「子どもは自分の欲求を叶えてもらうことで満足感を持ちます。
それをかなえられたことで自分に対する肯定感を強めていくんですよ。
しかし、子どもの欲求以上に大人たちの要求が大きいと子どもは自分の欲求を出すことができなくなって、終いには大人たちの要求がまるで自分の欲求であるかのように思い込んでしまうんです。
…しなければ、…にならないと、…でなければならない。それをかなえるために努力しても、本当に自分の欲求ではないから、満足感を得ることはないし、だんだんエネルギー切れになって気力がわかない、うつ状態になるということが起きてくるんです。
本当に心の底からやりたいと思っている自分の欲求ならば、どんどんエネルギーがわいて来て、やる気が起きないっていうことはないはずなんですよ。」
「…今まで、自分が何を望んでいるかなんて考えたこともありませんでした…ただ、ただ親から言われることに応じて、こなしていくことで精いっぱい、そうしなくては…と追い立てられる感じというのでしょうか。目の前の課題を無事にこなすことが自分のやりたいことにすり替わっていたと言われると、何だか納得です…。」
「自分の欲求を抑えつけられて、親の要求に従うように言われ続けている子どもが、あなたの隣に座っていますよ。」
そう言ったとたんでした。工藤さんは身体をこわばらせて、びくっとした様子で自分の隣の空のソファを凝視しました。
「どんな感じがしますか?」
工藤さんは目を真っ赤にしながら言いました。
「かわいそうで…涙が出てきます…なんて不憫なんだろう。」
小さい頃の自分を思って、工藤さんが涙を流すのを、一さんはしばらくじっと見守っていました。
工藤さんが落ち着いた頃、一さんは今度はわざと強い口調で尋ねました。
「その子を守るためにはどうしたらいいんですか?」
「ほら、守ってあげないとこの子はいつまでも苦しむばかりですよ!」
たたみかけるように尋ねる一さんに、工藤さんはおろおろするばかりです。
「あなたしか守れないんですよ!」
そう、一さんが言った瞬間でした。
工藤さんは立ち上がると、叫んだのです。
「もうやめてくれ!!もうたくさんだ!!これ以上僕を追い詰めるのはやめてくれ!!」
さっきまでのおろおろした様子がうそのようにしっかりとした表情の彼は、今ここにいる
45歳の自律した大人でした。
「私がこの子を守らなければいけなかったんですね…やっと分かりました。
自分がどれだけ怒っていたのかも…よく、分かりました…」
本当の怒りの感情を出して、すっきりとした表情をした工藤さんに、一さんは言いました。
「あとはもう、過去にとらわれたあなたを解放するだけですよ。過去はもう変わりません。
あなたのご両親もあなたのためを思っての行動だったのだから…
心の中のご両親と、もうさよならしましょうか?
昔ご両親がされたことで、今のあなたを苦しめるのはもうやめましょう。」
しばらく目をつぶってじっと座っていた工藤さんは、昔の両親の姿を思い浮かべているのか目を閉じたままつぶやくように言いました。
「お母さん、昔、あなたがしたことで今の自分を苦しめることを私はもうやめます。
あなたを許してさよならします。さようなら。」
「お父さん、あなたが私にしたことで自分を苦しめることを、もうやめます。さようなら。」
そう言った工藤さんの顔は穏やかな笑みをたたえていました。
「もう、何十年も昔のことなのに未だに私は両親にとらわれていたんですね…
居心地悪く感じながらも、心の奥では自分が何もしない言い訳にしていたのかもしれませんね。
これでやっと一人の大人として生きていけるような気がします。」
猛暑の続くなか、自宅に戻りながら一さんはしみじみと「許すこと」の力を感じていました。
過去の両親を許したことで、救われた工藤さんのあの表情。とても穏やかで、満ち足りた表情を思い浮かべながら、一さんは足を止めていました。
「やっぱり、今日は祝杯ものだな…」
そう(自分を納得させる言い訳のように?!)つぶやくと一さんは携帯を取り出して歩き始め、家に電話をかけました。
「あ、早苗(さなえ)?今日とってもいい仕事できたから、祝杯あげに行きたいんだ。今からみんな連れて奴(やっこ)においでよ。先に行って席とっておくから。」
電話口でクスッと笑う早苗さんの声を聞きながら、奴(やっこ)の暖簾をくぐると同時に、おやじさんの活きのいい声が一さんを迎えてくれました。
「いらっしゃい!鈴木さん。何かいい事あったって顔ですね?天然ウナギのいいの、入ってますよ?」
24 October, 2022
矢吹圭子
先程こちらのストーリーを読んでいたら
クライアントさんからメールが入り
既に別居を予定していたニグレクトDV
旦那さんの浮気の証拠を今日発見され
離婚する勇気が欲しいとの事でした。
ストーリーの真似をして“貴方に振り回される自分を辞めます、さようなら”ワークやってあげたら物凄く自分の気持ちに
自信がついたそうで自分と自分の愛する息子の為に賢い決定が出来そうだと
喜んでくれました。池田先生とシェアケアの皆さんのお陰様です。ここでストーリーを掲載して下さって何時でも読める環境が有難いです!!! 応援しています
圭子from Africa (^_^)/~