Season4-Cace03      「私を追い詰めるもの」

隆浩井 | 2022年10月12日


          
                         Season4-Cace03      「私を追い詰めるもの」

「お父さん、目標や夢がかなったとたんやる気が全く出なくなってしまうことってあるでしょう?せっかくがんばって志望校に合格したのに学校に行けなくなってしまったり、やっと内定が取れた会社に就職したとたん五月病になってしまったりとか。

サークルにも、せっかく内定が取れて就職できることになったのになんだか体調がおかしくって、なかなか仕事いけないっていう先輩がいるのよ。

なんで、夢がかなったのにそんな状態になってしまうんだろうね?」

 

夕食後、リビングで新聞を見ていた一(はじめ)さんを見つけると、これ幸いとばかりにバイトから帰ったばかりの瑠実(るみ)がお風呂や夕食もそっちのけでこんなことを話しかけてきたのです。

 

「んー…、状況を聞いてみないと断言はできないけど、『燃え尽き症候群』かもしれないね。」

一さんがそう答えると、

「私もそうじゃないかなーって思ってたんだ。時期的にも多くなってくる頃だし…。」と

瑠実も答えました。

「ねえ、お父さん、燃え尽き症候群の時ってどんなカウンセリングするの?教えてよ。」

「そうだなあ…誰の事例がいいかなあ…」

しばらく腕組みをしていた一さん。ふっとある人の顔が浮かんだようで、瑠実のほうに視線を上げると言いました。

「小林君っていう大学に受かったばかりの子が来たんだ…」

そう言って一さんが話しだしたのはこんな話でした。

 

 

 

3月もあと数日を残すばかり、とはいえ花冷えで冬に戻ったかのような肌寒くてどんより曇った日でした。

一さんの友人の田中さんが一本の電話をかけてきたのです。

「もしもし、青木さん?久しぶりだね。鈴木さんは今空いてるかい?」

ちょうど、お昼のお弁当を食べ終え、ゆっくりと新聞を眺めていた一さんに青木さんは

「先生、田中さんからお電話です。」と声をかけ、受話器を手渡しました。

「あれ?田中さん珍しいね。どうしたんですか?」

受話器を受け取った一さんに田中さんは言いました。

 

「知り合いのうちの子なんだが、ちょっと参ってるみたいなんだ。鈴木さん、話を聞いてやってくれないかい?入学を控えているから早いほうがいいんだけど、都合はどうだい?」

一さんは予定表とにらめっこしていましたが、空いている時間を見つけて言いました。

「明日の午前中は空いてるんですけど…出てこられますか?その後は予定が詰まっていて春休み終わるまで無理みたいなんです。」

「鈴木さん、忙しいんだねえ…分かった、何とかして時間作ってもらうから明日会ってやってくれないかい?」

「他ならぬ田中さんの依頼なら。」そう言って請け合うと、一さんは受話器を置いて言いました。

「青木さん、これで春休み中は全部埋まってしまったね。大変だけど、よろしく。」

 

 

翌日、田中さんに教えてもらいました、と言って小林さん親子が時間ぴったりに尋ねてきました。とても真面目そうなお父さんと、見るからにまじめに育てられた、という感じの息子さんは迎えに出た青木さんに会釈すると、案内されるままにカウンセリング室のソファに腰掛けました。

初めての経験で緊張した面持ちで座っている二人に一さんは言いました。

「こんにちは、小林さんですね。息子さんが少しでも早く元気になられるようにお手伝いできれば、と思っています。カウンセリングやセラピーは初めてですか?」

その柔らかい話し方にほっとした顔をして、お父さんが口を開きました。

「はい、こんなことは初めてで…せっかくがんばって志望校に合格したのにどんどん元気がなくなって、私たちも正直何が何だか分らんのです。大学も県外だから引越しの支度やら入学の準備やらやらなくてはいけないことは山のようにあるのに、気が抜けたようになってしまって。どうにかなりますか?まだまだ、これからだというのに…」

 

やっと相談できるという安心感からかお父さんは一気に話し始めました。

その隣で、顔を上げることもなく黙ったまま座っている男の子。

 

一さんは「分かりました。」と、いったんお父さんの話を切ると言いました。

「では、息子さんとカウンセリングに入りますのでお父さんは隣のお部屋でお待ちください。」

「え?あ、はい…」何となく話の腰を折られた様子のお父さんは、拍子抜けしたような顔をしてカウンセリング室を後にしました。

 

お父さんが青木さんに案内されてカウンセリング室を出ると、一さんは小林君にそっと声をかけました。

 

「自分が本当にやりたいこと、分からなくなってしまったんだろう?」

その言葉にハッとした顔をして小林君は一さんの顔を見つめました。

「っ!?どうしてそれを?」

目標が見あたらず、何をしていいのかも分からず、何をするにも気力がわかない状態の自分のことがなぜわかったのか…、そう思っていることがありありと伝わってきます。

 

「お父さんと会ってみて分かったよ。田中さんから話を聞いた時点でそうじゃないかなとは思っていたけどね。君は小さい頃からお父さんたちの言うことを良く聞くいい子だったんだろう?」

分かってもらえる、そう感じたのでしょう、小林君は一気に話し始めました。

 

「はい、自分で言うのもなんですが聞き分けのいい子でした。親や先生の言うこともよく聞くし、成績もいいほうで…親が医者なので自分の出た大学の医学部に行くことと、最終的には病院を継ぐことを望まれていることは言われる以前から肌身で感じていましたし、実際、中学・高校になるころには口癖のように言ってましたし…、自分にとっても、親の出た大学に入って医者になるというのは夢だと思っていました。

でも、その夢の第一歩の大学に受かったら、とたんに気力がなくなってしまって…

最初はがんばってきた疲れが出たんだろう、疲れが取れればまたやる気が出てくるだろうってタカをくくっていたんですが、いつまでたってもこんな状態で…

せっかく受かった大学だからしっかり勉強して国家試験に受かって医者にならないと、って頭では思うんですけど、体がついてこなくって…、僕、どうしたらいいんでしょうか…」

そう言ったっきりうつむく小林君に一さんは言いました。

 

「まず自分の中で、よく考えてごらん。『医者になりたい』と『医者にならなければ』どっちがしっくりくる言葉か…」

 

「医者になりたい、医者にならなければ…」しばらくの間、小林君は自問自答していました。そして、首をひねりながら何度かつぶやくうちに、彼は顔をあげると確認するように言ったのです。

「医者にならなければ…だと思うんですけど…」

 

「そうだね、小林君はいつの間にか周りの期待、つまり要求を自分の夢、欲求と思い込んでいたんだよ。要求欲求とすり替わってしまっていたんだ。

 

人の心の中には、ああしたい・これがほしい・こうなりたい…って欲求が普通は自然とわいてくるんだけど、それを表現するたびに周りの大人たちからダメだと否定されたり、

もっとこうしなさい、これもしなさい…と自分が望んだこと以上に要求されたりすることが続くと、だんだん自分の中から欲求が出てこなくなるんだ。

自分でも何がしたいかわからない、っていう状態だね。

そうすると周りから要求されること、君の場合は『医者になる』ってことだけど、それが

まるで自分の欲求であるかのように錯覚してしまうことが起きるんだ。

でもそれは本当の自分の欲求じゃないから、やっても、やっても達成感や充実感がないし、しまいにはエネルギー不足になって燃え尽きてしまうっていう状態になって行くんだよ。

大学に受かることや医者を目指すことが君の本当の欲求だったならば達成感や充実感があるし、その先の大学生活への期待や大学でしたい事とか次の欲求が頭に浮かんでくるし、今、楽しいと感じているはずだよ。

 

今の君の状態がどうやって起こったか、分かってきたかい?」

 

「…自分の欲求…」

一さんの話を聞きながら小林君は考え込んでいました。自分の夢だと思っていたことが

そうではない、と言われたのですから無理もありません。長い間そう信じていただけに、

本当は何がしたいのかといわれても困ってしまう…とでも言いたげな表情です。

 

「すぐに本当の欲求を見つけようってあせらなくてもいいんだよ。

もともと、子どもは『これがしたい』って欲求を出した時、あなたならできるよ、やってごらんって『保護と許可』を大人からしてもらうことで、一歩踏み出すことができるんだ。

そして、成長するにつれて大人の保護と許可がなくても自分自身で『私ならできる、やってごらん』と自分を後押しすることができるようになっていくんだよ。

何かをやり遂げた時、満足感や達成感といった『快』を感じることで次にはもっと高いレベルの欲求を持ち、それを満たせるように努力していく…この繰り返しが人の器の成長っていうものなんだ。

 

小林君の場合は自分がやりたいことへの保護と許可より、周りの大人からの要求のほうが大きくて、自分の欲求を満たしていく達成感を持ったり、さらに高いレベルの欲求を持ってクリアして行ったり、ということができないままここまで来てしまったんだね。

まずは、小さなことでいいからやってみて、自分の欲求をかなえたときに自分をほめてあげてごらん。すごい、良くできたね、がんばったね…ていうようにね。ちょっとしたご褒美を自分にあげるのもいいよ。

欲求を出してそれを満たしたら『快』を感じることができることが分かって来ると、きっと少しづつやりたい事や欲求が湧き出してくるようになるよ。

あせらないで、ゆっくりと試してみてごらん。」

 

表情がほっと和らいだ印象の小林君は、まっすぐ一さんを見て言いました。

「何だかトンネルの向こうに出口の光が見えてきたような感じです。せっかく大学に受かったのに、まったく気力がなくなってしまってこのまま人生が終わってしまうんじゃないかっていうくらいの気分だったのに…不思議ですね、なにも状況は変わっていないのに。

自分の考え方一つでこんなに楽になれるんですね、びっくりしました…。」

そう話す小林君の顔はさっきまでの青白い顔ではなく赤味の差した元気な表情になっていました。

 

 

 

 

「小林君は結局、大学に行って学生生活を楽しみながらゆっくり自分のやりたいことを探すって言って大学に行くことにしたんだ。まだまだ長い人生だから大学でゆっくり本当にやりたいこと探しをするって言ってね。

 

夢や希望って人を動かす原動力、エネルギーみたいなものだろう?

だから人は自分の本当のに向かっているときは燃え尽きてしまうってことはないんだよ。燃え尽きてしまうのは他の人から要求されたことを自分の欲求だって思いこんで、エネルギー源がないまま動こうとするからなんだ。

子どもにとって夢や希望がどれだけ大切か、小林君の話を聞いただけでも分かるだろう?一つ一つ自分の力で欲求をかなえていくことが自分の自信にもつながるし、成長にもつながっていくんだ。

大人のエゴで要求ばっかりしてると逆にせっかくの成長を妨げてしまうってことさ。」

 

「なるほどね…そういうことか。聞き分けのいい子って大人にとって都合がいいってことだもんね。大人だって子どものためって思うんだろうけど、逆に子どもを追い詰めちゃったりすることもあるんだよね。

興味や、やりたいことが尽きない私って幸せ者かもね!」

あっけらかんと言う瑠実に、一さんの一言。

「そうそう、育ててくれた親にしっかり感謝するように。」

「お父さん、自分で言っちゃだめでしょ…」

娘の苦笑(失笑!?)を買ってしまった一さんでした。

 

 

 
 





 









 

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