「努力すれば報われるって、あれ、嘘だよねぇ…少しでも就活に有利になればって思って
いろんな資格を取りにもいったし、何十っていう会社を回ってやっと内定取れたかと思っても、業績不振だからって入社する前から切られてしまうし…。
あーあ、希望留年したはいいけど、今年もどうなるかって思うと気が重いよ…。」
サークルの新入生歓迎会の真っただ中。かなり場も打ち解けた雰囲気になり、あちこちで気の合う数人づつのグループにまとまってしまい、話に花が咲きだしてきた頃…。
就職浪人だから…と出席をずいぶんしぶっていた先輩を、気分転換にと強引に引っ張りだした瑠実(るみ)たちは、かなりたまっていた様子の先輩の愚痴聞き役になってしまっていました。
「そんなことないですよぉ。」そう言って慰める後輩の言葉も耳に届かないようで、周りの雰囲気と裏腹にどんどん暗くなっていく先輩に、どう声をかけたらいいものか…。
そこにいた数人が顔を見合わせる中、一番かわいがってもらっていた瑠実は何とか元気づけてあげたいと思案を巡らせていました。
「・・・。」
沈黙が続く中、気まずい空気を追い払いように当の本人が口を切りました。
「もーっ、暗い話はやめやめ!せっかく瑠実たちが引っ張り出してくれたんだもん、
パーっと楽しまなくちゃね!さ、飲もう飲もう!!」
皆に心配かけないように、と思う先輩の気持ちが分かるだけに、瑠実たちもそれ以上その話を続けるわけにもいかず、歓迎会の輪の中に入ってはしゃいでは見るものの、やはり
どこかにわだかまりを残したようなすっきりしない気持ちのまま、時間ばかりが過ぎて行きました。
すっかり酔い潰れてしまった数人を送って行く算段が済んでしまうと、1次会で気の合ったメンバーや、仲のいいグループに分かれてそれぞれ2次会に繰り出すことにとんとん拍子に話がまとまっていました。
瑠実もいくつかのグループからカラオケやボーリング、飲み直し(!!)などなどお誘いを受けたのですが、やっぱり先輩のことが気にかかって「ごめん、今日はやめとく。また誘って!」と断ると帰り支度をしてお店から出ようとしている先輩に駆け寄りました。
「先輩のうちも同じ方向ですよね!一緒に行きましょう!」
後ろから両手を肩に置いて帰る方向に押して誘導しながら、瑠実はどんどん歩きだしました。
「ちょっ…と!こら、瑠実!そんなに押さないの、私に気を遣わなくていいから、みんなと楽しんでおいでよ。」
「まあまあ、いいから、いいから。」そう言いながら瑠実はバス停の方にどんどん先輩を押して行きます。
「ああ、もう、分かったから…自分で歩くから押さないで、瑠実!」
観念したように先輩が言うと、瑠実はにっこりと笑い「そうこなくっちゃ!」と横に並んで歩き出しました。
「瑠実は本当に世話焼きだねえ、いや、ここまで来るとおせっかいかも…そんなに私が心配?」
「このまま帰すのは…確かに心配ですねえ…?」
「こら、先輩に向かってなんて言い草!!」
カラ元気を出す先輩に瑠実は言いました。
「心配っていうのは嘘じゃないけど、久し振りだからもう少しおしゃべりとかしたいなあって思ったんですよ。就活始まってからなかなかゆっくりサークルで話せることもなかったし、最近は特に会う機会少なかったし…先輩は同級生じゃないけど、すごく考え方とか感覚が似てて、話聞いてもらうと安心できるんですよねえ…ちょっと人見知りの私としては、貴重な「懐いている人ベスト3」に勝手に入れちゃってるんですよねえ…
そんなかわいい後輩のお願い聞いてくれますよねえ?」
「誰が、人見知りじゃ…」サークルの中でも社交的な部類の瑠実に対し、先輩が漏らした言葉に瑠実も応戦します。「みんなが思っているより、ナイーブなんです!」
「セルフイメージと皆の印象は大幅に食い違ってるようね…。心理学やってんだから客観的に自己分析しなさいね…。これ、先輩からの温かいアドバイス。」
「またまた、そんな冷たいこと言っちゃって…。私はめげませんけどね。あ、先輩ストップ!いいとこで自販機発見!」
4月とはいえ夜はまだ肌寒く、酔いがさめるのも手伝ってあったかい飲み物が恋しくなったのか、瑠実は自販機に駆け寄りました。
「センパーイ!コーヒーと紅茶、お汁粉、コーンスープどれにしますかあー?」
道路の反対側の自販機の前であったかメニューを読み上げる瑠実に先輩の一言。
「お任せでいいよ、もう。」
2人は街中のお店からちょっと離れただけとは思えないような静かな公園を横切って近道をすると、目的のバス停のベンチに腰掛けました、瑠実の買ってきたお汁粉とコーンスープ(!?)の温かい缶を両手で包むようにして暖をとりながら、瑠実が言いました。
「受けても受けても、採用されないなんて何だか能力とかでなくって自分自身を否定されているような気分になって来ますよね。自己肯定がよっぽどしっかりしてないと自分が保てなくなっちゃいそうだし…想像しただけでも先輩、今すごくきついところにいるんだろうなあって、そう思ったらそのまま帰れなくって。私の勝手な思い込みで無理に引きとめちゃってごめんなさい、先輩。」
「そんなことだろうなあって分かってたよ。瑠実は優しいとこがあるもんね…。ありがとう、心配してくれて。」
二人はしばらく缶で手を温めながら、黙って座っていました。
ふと、瑠実が夜空を見上げるとよく晴れて、満天の星空でした。
空を見上げる瑠実につられて、夜空を見上げた先輩は思わず声を上げていました。
「ああ…、しばらく夜空を見上げることなんかすっかり忘れてたよ…。こんなにたくさん星があるのにちっとも目に入ってなかった…。今の私みたい。
就職のことだけしか頭になくっていろんなものが見えなくなってたのかも知れないね。なんだか、人生に先がないような、このまま終わっちゃうような気分だったよ。…ただ、就職が決まってないだけで、何も失っては無いのにね。」
落ち着いた様子で話す先輩に、ちょっとほっとして瑠実は言いました。
「そういえば、父が言ってました。どうしようもなく落ち込んだり、つらいことがあったり、自信がなくなったり…どんなに自己肯定がしっかりしている人だって、たまにはそんなことあるでしょう?そういう時、自分を落としこんでいってごらんって。」
「落ち込ませるってこと?」
「そうじゃなくって…、あれがない、これができない、うまくいかない…って今以上のことばかりに目を向けるんじゃなくって、今あるものに目を向けるってことなんです。
平和な国に生まれて、健康な体がある、自分を守ってくれる家族がいる、何の不安もなく寝起きできる家がある、きちんと毎日食事ができる、話を聞いてくれる友人がいる…、普段気にもしていなかったことでも改めて考えてみるといかに自分が恵まれて幸せなところにいるか分かるからって。
命があって生きていられる、そこにたどり着いたらほとんどのことは乗り越えられるって言うんです。
足が宙に浮いてもう上がほとんどない、幸せが少ないと感じていた状態から、しっかり地に足をつけたら上にいくらでも素敵なことや幸せなこと、可能性があったんだって気づけるんだよって教えてくれたことがあったんです。
就活を経験していない自分が言うのも何だかおこがましいんですけど…。
何かに行き詰って手に入ってないものばかり望んでいたら、今持っているものまで幸せに感じることができないってこと、振り返ってみると本当にそうだなあって思うんです。
バタバタしてもどうしようもない時ってありますよね。そんな時ってこれ、試してみると結構気持ちが楽になるんですよ。…先輩?」
黙ったまま、返答のない先輩のほうに向きなおり、顔を覗き込むと、彼女の眼には涙が浮かんでいました。
「っ先輩!?」
あわてた様子の瑠実を見て、先輩は言いました。
「瑠実のお父さんの言ったこと、よく分かるよ…。本当にそうだった…。希望留年だって学費無料になるわけじゃないのに、親は快くもう一年いていいよって言ってくれて…。
それなのにうまくいかなくてイライラしたら家族にあたったり、歓迎会に来てまで皆に愚痴ったりして。衣食住不足なく面倒見てもらって…。朝なんか起きれなくて食べないこともあるのに、ちゃんと朝ご飯、私の分まで作ってあるんだもの、これで文句いってたらホント罰、当たるよね。
瑠実、ありがとう、私なんか吹っ切れそうだよ。」
翌朝、瑠実は枕元に転がるお汁粉の缶を拾い上げ、首をひねっていました。
寝起きのぼーっとする頭で考えようとするのですが、思い出せないのです。
「お母さん、このお汁粉、何?」
そう言われても…と微妙な顔をして早苗(さなえ)さんが答えます。
「何って言われても…昨日瑠実がしっかり握りしめて歓迎会から帰ってきてたけど?」
「姉貴、またか?」そういう一輝(かずき)の肩が震えています。
「姉貴、素面(しらふ)みたいな顔して泥酔するくせ、何とかしないとやばいよ?」
「また、やっちゃったか…。」そうつぶやく瑠実のそばで、メールの着信音がしました。
「あ、先輩だ。」
そう言ってメールを読んでいる瑠実の顔がだんだん複雑な顔になってきました。
「なにかあったのか?」そうたずねる一(はじめ)さんに瑠実が言いました。
「私覚えがないんだけど、昨日はありがとうって書いてある…。それからコーンスープごちそうさまって…。私昨日何したの!?」
苦悩する瑠実の後ろで家族はみな、ため息をつくのでした。