Season2-Cace08      「仲間に入れて」

隆浩井 | 2022年9月29日


          
                         Season2-Cace08      「仲間に入れて」

夏休みも目前に迫った先週末、仁実(ひとみ)の学校で授業参観と学級懇談会がありました。

子どもたちは皆そわそわして、授業は始まっているというのにちらちらと後ろをうかがっては、隣の子に「うちのお母さん来たよ」とか「○○ちゃんちのお母さん、きれいね」

なんて、こそこそ話に花を咲かせています。

久しぶりに、スケジュールが合った一(はじめ)さんは早苗(さなえ)さんと一緒に授業参観を見に来ていました。久々の両親揃っての授業参観に、「一人でいいよお」と家では言っていたものの、気になる様子で仁実も落ち着きません。

「口ではああ言ってたけど、親が来るのってみんなうれしいものよね。」

早苗さんがそっと、一さんに耳打ちしていた時でした。もう授業は半分以上過ぎているというのに、一人のお母さんが教室の後ろの入り口からそーっと入ってきたのです。

『めずらしいな、授業参観に遅刻なんて…』

そう思って見ていると、そのお母さんは目深にかぶった帽子も取らないまま入り口近くに落ちつかなげに立っています。目立たないように…と思っているのでしょうが、そわそわした様子が逆に周囲から浮いてしまっています。

そのお母さんは授業が終わるチャイムが鳴ると同時に、懇談会にも参加せずに帰ってしまったのでした。

 

 

その様子が妙に気になって、その日の夕食の時、一さんは「今日の授業参観の時、半分過ぎくらいに入ってきて、チャイムが鳴ったら大慌てで帰って行ったお母さん、誰だか仁実知ってるかい?」と仁実にたずねました。

暑くなって夏バテで食欲が落ち気味の仁実のためにと、早苗さんが腕を振るった大好物のハンバーグを食べながら、仁実は「うん」とうなづきました。

「仁志(ひとし)くんのお母さんだよ。いつも遅れてきてすぐ帰っちゃうの。なんですぐ帰っちゃうのって聞いてみたことあったんだけど、仁志くんも分かんないって。前の時にも、早く来てほしいのにって言ってたよ。」残りの一口をぱくん、と口に入れ仁実はごちそうさま!と手を合せ食卓を後にしました。

 

「お父さん、何かあるねえ…」久々に夕食時にバイトがぶつからなかった瑠実(るみ)が話に首を突っ込んできます。父のお仕事に興味津々の長女は何かにつけて、父の見解や分析を聞きたがるのです。

「うーん、これだけの話じゃ何とも言えないけど、対人関係にトラウマがあるんじゃないかなあ…」

親子二人が、分析話に花を咲かせているのを、微笑ましくながめていた早苗さんでしたが、

さすがに片付かないと判断したのか、申し訳なさそうに(笑いながら!?)言いました。

「そろそろ、場所を変えてもらえないかなあ…?」

 

そそくさと食後のお茶を飲み干すと、セラピーおたく(!?)の二人はリビングに場所を移動してお互いの分析を話していたのですが、ふと思い出したように一さんはある事例を話し出したのです。

「そういえば、学校のPTAとか、子どもの行事の集まりが苦手っていう人がワークショップに来たことがあったなあ…その人が学校に行くのが苦手になったきっかけは『イジメ』だったんだよ。」

 

 

5年くらい前のことでした。一さんが事務所で開いたグループセラピーのワークショップでの出来事です。

20名ほど参加した中で、なんとなくみんなの中になじめないでいる一人の女性がいたのです。12日で行われたワークショップでの2日目、寝食を共にして、自分が解決したかった様々な問題を片付け、それに対し「良かったね」「辛かったね」「おめでとう」とたくさんの温かい言葉をかけられ、多くの参加者にはその場の安心感というか連帯感というか、とても温かなものを感じながら参加しているのですが、その女性だけは2日目になっても

うまく溶け込めないでいました。

普通は自分から手をあげた人がみんなの前でセラピーを受けるのですが、その女性だけはどうも気になって、一さんは自分から声をかけたのでした。

 

「清水(しみず)さん、何か解決したいことがあるけどなかなか言い出せないのでしょう?思い切って前に出てきてみませんか。」

 

そう声をかけられても、清水さんは迷っているようでしたが、周囲に座っている人たちに

「行っておいでよ。」「大丈夫だよ」と声をかけてもらい、やっとのことで一さんの前にある椅子に腰掛けることができたのです。

 

「何を解決したいのですか?」優しく問いかけられて、清水さんはやっとの思いで話し出すことができました。

 

「…私、学校の行事とか、PTAの集まりに行くのがとても嫌なんです。学校に行くことがとっても怖いんです。子どものためにと思ってどうにか行くことはするのですが、家に帰るとぐったりとくたびれてしまうんです。

そこで皆さんと話したり、意見を言うなんてとてもできません。なんとかなるでしょうか?」

 

話を聞きながら、一さんは清水さんに一つ質問をしました。

 

「小さい頃、学校でイジメにあったことないですか?」

 

 

清水さんはハッとした表情になり、小さい声で「…はい、あります…」と答えたのです。

「分りました。」とだけ言って、一さんはワークに入りました。

 

「清水さん、下の名前は美和(みわ)さんだね。それじゃ、『美和ちゃん』ここはあなたがいじめられていたころの学校の校庭ですよ。」

一さんがそう言っただけで、清水さんに緊張が走りました。手を握りしめ、顔面も蒼白です。

「美和ちゃん、みんなが楽しそうに遊んでいるよ。『私も入れて』って言ってごらん。」

一さんはあらかじめ頼んでおいた数人の参加者に子どもが楽しそうに遊んでいる場面を再現してもらいました。

 

 

「かーごめ、かごめ。かーごのなーかのとーりーは…」参加者たちはみんなでかごめかごめをして遊びだしました。

「さあ、『私も入れて』って大きな声で言ってごらん。」一さんに促されても清水さんは動くことすらできません。すっかり小さなころに引き戻されてしまっているのです。

周囲の参加者たちは、声をかけてはいけないことになっているので、口にはしませんが、みなうまくいくようにと、固唾(かたづ)をのんで見守っていました。

 

数分たったころ、やっとの思いで清水さんの口から小さな声が漏れました。

「…私…も、入れて…」

みんなは知らんぷりをして遊びつづけます。そうするよう、一さんに頼まれているのです。

清水さんの表情はもう今にも泣きだしそうです。一さんを振り返り、目で『もうできない』

と訴えますが、一さんは首を縦には振りませんでした。

 

途方に暮れたまま、清水さんはしばらくたっていました。

「…大丈夫かな」「かわいそう」

そんなささやきが周囲で見守っている参加者の口の動きから見て取れます。

「ほら、大きな声で言わないと、みんな聞こえないよ!」厳しささえ感じられる口調で一さんは清水さんに言い続けます。

 

「ねえ、入れて…」小さな声に気付かないそぶりでみんなは楽しそうに遊ぶのをやめません。

「このまま、逃げ続けるの?」一さんがそう言った途端でした。

 

「私も、仲間に入れてー!!」

 

 

全身から振り絞るような声で、清水さんが叫んだのです。

 

「あれ、誰か呼んでるよ?」遊んでいた一人が今、気づいたように言いました。

「美和ちゃんだよ。」「ほんとだ!」「あっ、美和ちゃん、おいでよ。」「遊ぼう、遊ぼう。」

みんなが口々に言って、清水さんを遊びの輪の中に引き入れます。

清水さんは泣きながら、みんなの中に入りました。皆、清水さんの勇気を讃えていました。

見ていたみんなも、ほっとした表情をしていて、中には一緒に涙を流している人もいました。

みんなの仲間に入れてもらえることができた、それをワークの中で再体験したことで、仲間はずれのいじめは彼女の中でやっと終わりました。

 

彼女のいじめの傷は今、癒されたのです。

 

清水さんの涙が落ち着いたころ、一さんが言いました。

「清水さん、気分はどうですか?」

心なしか明るい表情になり、血色までも良くなった顔で清水さんが答えました。

「なんだか、長年の胸のつかえがとれたような気がします…」

一さんは清水さんの後ろに立って両手を肩に置くと、言いました。

「周りにいるみんなを見てごらん、どんなふうに感じる?」

清水さんは、一人一人の顔を見渡しながら言いました。「もう、怖いと思いません…不思議な感じです…見つめ返すみんなの目が優しい眼で、私を否定している目はひとつもありません。」

 

清水さんを席に戻すと、一さんは皆にこう言いました。

「いじめは発見されて仲裁されたからと言って終わるものではないのですよ。いじめた方は終わりでも、いじめを受けた人はその傷のためにずっと苦しみ続けるんです。いじめの後遺症がどれだけ大変か清水さんのワークを見てもらったらよく分かっていただけたと思います。世の中には、ケアされないままいじめの後遺症に苦しんでいる人がたくさんいるはずです。いじめた人にとっては軽い気持ちで一時期のことでしょうけど、いじめられた人にとっては一生を左右される出来事なんです。清水さんだってこれがなければ人間関係でこんなに苦しむこともなくもっと違った人生を送っていたかもしれません。本当に重すぎる代償です…」

 

みんなは、しん…として聞き入っていました…

 

 

 

一さんが話し終わる頃には、瑠実と一緒に片付けを終えた早苗さんやテレビを見ていた一輝(かずき)や仁実も集まってきて聞き入っていました。

 

「父ちゃん、すげー仕事してたんだな…」初めて仕事の話をまともに聞いた一輝が、驚きとショックを隠せない様子で言いました。

「仁実知ってるもん、パパ、仁実と目を仲良くさせてくれたもんね!」自分がワークしてもらったことがある仁実は自慢げにいました。

「いじめって人間関係にすごく影響を残すのね…先生やいじめている側の子どもたちに知ってもらいたいね…」瑠実もつぶやきました。

「授業参観の時のお母さんも、人がたくさんのところが苦手になるようなつらい体験をしたのかもしれないわね…今度 PTAや授業参観で会うことがあったら、少しでも緊張が和らぐようにお話しできたらいいけど。」早苗さんもしみじみと言いました。

 

 

「いじめの後遺症のことは本当にみんなに知ってもらいたいね」一さんも久しぶりに思いだした事例を話して、改めてそう思いました。

 

 

👉次回Season2ーCase09
「悲しみにさようなら」


👉※参考
動画コンテンツ
「いじめの後遺症」

👉YouTube動画版 第19話
「仲間に入れて」
≪ ※制作中!乞うご期待(´▽`*) ≫
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