Season1-Cace10      「びっくりおばあちゃん」

隆浩井 | 2022年9月21日


          
                         Season1-Cace10      「びっくりおばあちゃん」

春休みも目前に迫った日曜日、一輝(かずき)の野球の試合が行われることになりました。

町のグラウンドで開かれるという試合にスタメンで出場することが決まったと、部活から帰って来た一輝が、キッチンに置いてあった夕食に用意された唐揚げをつまみ食いしながら話したとたん、家中が騒然となりました。

 

キッチンで揚げ物の続きをしていた早苗(さなえ)さんは手を拭きながらリビングに出てくると、「かずくん、すごい!!お母さんいっぱいお弁当詰めて応援行くから!!」と上機嫌で息子にハグをして飛び跳ねて喜び、「よーし!重箱弁当にビールだー!!一足早い花見気分と行くか。一輝がんばれよ!」と、上戸である一(はじめ)さんと瑠実(るみ)ががっちりと握手を交わします。

 

「え?高校の息子の試合に家族総出で重箱下げてビール持って観戦する気かよ…!?」

 

自分が招いた事態がここまで大きくなるとは…と、やや引き気味の一輝の後ろから声をひそめて仁実が忠告します。

 

「お兄ちゃん、口は災いのもとって知ってる?諦めて家族のレクレーションに付き合ってあげるのが親孝行ってものよ?パパとママのイベント好き、忘れてたの?」

がっくりと肩を落としながら、一輝が答えます。

「イベントって…姉きは飲めればなんでもいいんじゃないか…?」

 

 

両親が(!?)楽しみにしていた試合の日がやってきました。スポーツ観戦にはもってこいの、風もなく温かな春の日差しの降り注ぐ日曜日です。

お弁当のバスケット(ビール入り!) を持った一さん、日焼け対策の大きなつばのついた帽子姿の早苗さん、二朗のリードを握った仁実(ひとみ)。瑠実はバイトが終わり次第、お弁当のころに合流予定です。

「私が来るまで、コールドなんかならないようにしっかりやっててよ!」そう言い残して、早朝シフトのバイトに出かけて行ったのです。

 

いよいよ、試合が始まりました。

ホームベースの両脇に並んだ2チームの選手たちがあいさつを交わし、一輝たちのチームは守備に、相手のチームは1塁側のベンチに引き揚げます。

 

一回の表が、あっさりと3者凡退で終わり、4番バッターの一輝まで廻りますように、と食い入るように試合を見ようと乗り出した時でした。

「お隣、いいですか?」と年配の女性が声をかけてきました。

80代半ばくらいの純朴な田舎のおばあちゃん、といった感じの女性です。

「あ、どうぞ、どうぞ!」一さんが言って、荷物をよけました。

 

「すみませんねぇ」そう言って座ったおばあちゃんに早苗さんが声をかけます。

「お孫さんが出てらっしゃるんですか?」

早苗さんのほうに向きなおっておばあちゃんは「はい、今打っているほうのチームの2年生で、山本太一っていうんですよ。キャッチャーをしてるとか言っとりました。」

早苗さんは思い当たる節があったようで、嬉しそうに言いました。

「太一君のおばあちゃんだったんですか!うちの一輝も仲良くしてもらっているんですよ。お互いの家も行き来するし、練習のない休みには、よく一緒に出かけたりして…そうですかぁ…いつもお世話になってて、すみません。」

そう言って頭を下げる早苗さんに、あわてておばあちゃんが言います。

「いえいえ、私は隣町に住んでますんで、たまにしかこっちには来ないんです。うちの孫こそお世話になっているようで、ありがとうございます。」

向き合ってぺこり、と頭を下げあう二人に仁実が声をかけます。

「あ、ママ!お兄ちゃんに回ってきたよ!!」

 

そう言われて、グラウンドに目を向けると、ネクストバッターズサークルから、バットを振りながら一輝がバッターボックスに入るところでした。

「一輝―!がんばれー!」

「お兄ちゃん、かっ飛ばせー!」

盛大な(!?)応援が耳に届いたようで、3塁側のスタンドを振り向いてVサインをしてみせると、バッターボックスに入ります。

「お、あいつ余裕じゃん。リラックスしてていいぞ!!」

そう呟きながら、試合に見入ってた時です。

早苗さんが、「お茶でも…」と水筒のコップを差し出して試合に見入っていたおばあちゃんの肩をぽん、と叩いたとたん、「ひゃーっ!!」と叫んで、おばあちゃんが椅子からひっくり返りそうになったのです。

あわてた一さんと早苗さんがおばあちゃんの腕をつかんだため、下のコンクリートに尻もちをつくには至らず、大事には至らなかったのですが、その驚き方はちょっと異常なくらいでした。

 

「すみません、私が急に声をかけたものだから…」そう言って謝る早苗さんに、すまなさそうにおばあちゃんが言ったのです。

「いやいや、こっちこそ驚かせてしまって…。どうにも妙な癖があって、後ろから声かけられたり、触られたりすると腰を抜かすくらい驚いてしまって…。孫たちも面白がって、わざと後ろから脅かすくらいでして…」

 

残念ながら、ショートフライに終わった一輝の打席を横目に、一さんはおばあちゃんに聞きました。

「いつからこんな癖があるのですか?」

おばあちゃんは不思議そうな顔をしながらも「ええっと…もう気がついたころにはこんなでして…」と言いました。

一さんの頭の中に何か引っかかるものが出てきたようで、ついお仕事モードに入ってしまった一さんは、おばあちゃんにこう言っていました。「太一君のおばあちゃん、これ治るかもしれませんよ。」

 

「ほ、本当ですか!!」

周囲の人が振り向くほど大きな声で答えてしまったおばあちゃんが、済まなそうに周りの人に頭を下げる様子をほほえましく見ながら一さんは言いました。

「試合が終わってから、ちょっとだけ時間をいただけますか?」

 

押しつ押されつの好ゲームが一輝の逆転2ベースヒットで終わったのはちょうど、お弁当によいころあいの時間でした。

5回から合流した瑠実と早苗さんと仁実に、「一輝が解散して戻ってきたら、先にお弁当してて。」といい、一さんはおばあちゃんと話し始めました。

当然、間近にセラピーをみられる機会と知った瑠実は、おばあちゃんに「同席していいですか?」と許可をもらい少し離れたところから見守っていました。

 

「おばあちゃん、小さい頃のこと聞かせてもらえますか?」

 

おばあちゃんは思い出し思い出し、話し始めました。

 

「私は、貧乏な農家に長女として生まれたんですが、母方の顔に似てると言って祖母からはあまり可愛がられとりませんでした。それでも父も母もやさしい人で貧しいながらも幸せじゃったと思います。妹と弟が二人づつ生まれて、生活がますます厳しくなってきたのはもう十になる頃には分かっとりました。

そのころじゃったか、夜中に見知らんおじさんたちが、私が寝むっとる間に山一つ向こうの地主さんの家に子守奉公に連れて行ってしまったんです。後から聞いた話では母が泣いてやめてくれと頼んだそうですか、祖母がもうお金をもらったからと無理やり奉公に出したらしくて…

わけも分からんうちに奉公に連れてこられて、こっちが泣きたいくらいなのに赤ん坊が泣けば何をやってると叱られ、辛い毎日でした。

そんなこんなで、23か月たったころじゃったでしょう、母が迎えに来てくれたんです。

母が実家に泣きついて実家の馬を売ってお金を工面してくれた、とずいぶん大きくなってから聞かされました。あの時のことは、今でもはっきり覚えとります。

たぶん、びっくりがひどくなったのはこのころからじゃないかと思いますが…はっきりとは分かりません…」

そこまで一気に話すと、おばあちゃんは一息つきました。

 

一さんは「私もそう思います、これを治すために、ちょっと昔に戻ってもらいたいのですが、いいですか?」とたずねました。

おばあちゃんはよく分からないという顔をしながらも、「治るなら…」と了解してくれました。

試合が終わり、観戦客がいなくなったスタンドで、もう一つの真剣勝負が始まりました。

 

「おばあちゃん、お名前は?」

「あ、山本房江(やまもとふさえ)と言います。」

「では、房江さん、今あなたは10歳で、おうちのお布団に寝ています。そこに知らないおじさんがやってきました。あなたを布団から連れ出そうとしています…」

 

当時の状況を言葉で再現していくだけなのに、房江おばあちゃんの顔はみるみるこわばっていきます。まるで、小さな女の子がおびえているようです。

 

「あなたのお布団に手をかけていますよ、ほら、あなたを抱っこして連れて行こうとしているよ!!」おばあちゃんの背筋がびくっとしたその時です。

 

一さんがすごい勢いで立ち上がり、房江おばあちゃんを背にかばって言ったのです。

 

「こんな小さな女の子に、なんてことをするんだー!!」

 

そう言いながら、おばあちゃんが座っている隣りのベンチを思いっきり蹴とばしたのです!!

それが合図であったかのように、おばあちゃんは後ろからギュウッと一さんの上着にしがみつきわんわん泣き出したのです。まるで、何十年も前のいやな思い出を洗い流すように、幸せだった10歳のころを取り戻すように…

 

号泣がすすり泣きになり、鼻をすする音に変わるまで、一さんは房江おばあちゃんの横に腰掛け頭や背中をさすりながら話しかけていました。

「ほら、もう大丈夫だよ、誰にもあなたを連れて行かせなかったよ…怖かったね…かわいそうだったね…」

 

 

ようやく落ち着いたおばあちゃんに、「もう、前みたいにびっくりしないと思いますよ。」というとおばあちゃんにはまだ実感が湧かないようでしたが、辛かった子どもの頃の傷が癒されたことでとても清々しい表情になっていました。

 

「すっかりお世話になってしまって…ありがとうございました。」そう言って振り返り振り返り、ぺこりと頭を下げながら帰っていくおばあちゃんを見送りながら、一さんは胸の中にほんわかとしたものを感じていました。

 

少し離れたところで見守っていた瑠実が近づいてきて「お父さん、お疲れ様。」と、そっと腕をまわし一緒に見送りました。

おばあちゃんの姿が見えなくなったころ、「すごくいいワークだったね…涙出てきちゃった。」という瑠実に一さんが答えました。

「これが再決断(療法)っていうんだよ。小さい頃の出来事にくっついているネガティブな感情怖い悲しい腹が立つ間に合わなかったなど)をその場面を再現して再体験する時にポジティブな感情助けてもらった・間に合った・保護された・許してもらえたetc…)に置き換えるんだ。同じ出来事でもポジティブな感情になるから癒されるんだよ。」

 

 

球場のわきの公園でみんなはお弁当を開けずに待っていました。

公園の入り口の植え込みから沈丁花のいい香りが漂ってきました。

 

「いい仕事した後は、空気までうまいなあ。」のんきに言いながら近づいてくる一さんに

「父ちゃん何優雅なこと言ってんだよ!俺空気より弁当が食べたいよー!」と一輝が情けない声をあげます。

「すまんすまん、先に食べてて良かったのに。」そう答える一さんに仁実が言います。

「パパ、のんきすぎ!先になんか開けてたら今頃ほとんど空っぽだよ。」

「そっか、それも困るなぁ。ま、つまみとビールが残ってればいいかって気分だけど。

な、瑠実?沈丁花(じんちょうげ)の香りで花見と行くか。」

家族そろっての楽しいランチタイムが始まりました。

 

 

数日後、練習から帰った一輝がまたまたキッチンのカウンターから肉じゃがのおジャガをつまみながら言ったことには、「なんか、山本んちのばあちゃん、びっくりして腰抜かさなくなったっていって、つまんねーって言ってたけど何のこと??」

 

 

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