Season1-Cace11      「わかってくれない」

隆浩井 | 2022年9月22日


          
                         Season1-Cace11      「わかってくれない」

仕事柄、一(はじめ)さんの事務所にはたくさんの子どもたちが通ってきます。

カウンセリングが終わった後も、時々空いた時間に立ち寄っては雑談をしていく子も結構多いのです。

高校一年になった淳(じゅん)君もそんな子の一人でした。

 

「ちょっと、お茶飲みによっていいですか?」そう言って電話してきた淳君は、ちょうどカウンセリングの空き時間にコーヒーを飲んでいた一さんとしばらく学校のことや最近あったことを話していました。

 

「俺、最近ちょっと気になるやつがいて…」淳君がそう言ったとたん、青木さんが色めき立ちます。「えーっ!どんな子どんな子?」興味津々の様子の青木さんを制しながらも、一さんも気になる様子で、身を乗り出します。

その様子にちょっとあわてて、淳君が言います。

「あ、いや…その…女の子じゃなくって…」

その様子を見た一さんがまじめに答えます。

「淳、いいんだぞ、隠さなくっても。いいじゃないか、男を好きになっても。俺、そういうの気にしないから。」

 

ますますあわてた淳君はとうとう「もーっ!違いますって!恋愛じゃないんですっ!」と叫んでいました…

 

 

その後、落ち着いた淳君が言うには、友達の中に荒れている子がいて、気に食わないことがあると学校や家で暴れ出す、というのです。

「中学から一緒のやつで、おれがきつい時もよく話を聞いてくれてたんだ。最近特に荒れだして。鈴木さんの話したら自分も会ってみたいっていうんだけど、今度連れてきていいですか?」

 

その子は10日ほどたってから淳君と一緒にやってきました。確かに髪や服装は先生達がまゆをひそめるかな、といった感じでしたが、きれいな目をした子でした。

 

「…っす。」ぼそっと言って頭をちょっと下げると、「服部(はっとり)です。」と名乗りました。

一瞬腰の引けていた青木さんも、すぐに服部君の目に気づき「どうぞ。」とにこやかに事務所に招き入れます。

 

3人でお茶を飲んでいるところにカウンセリングが終わった一さんが出てきて、「おっ!よく来たね。」と声をかけ「僕にもコーヒーちょうだい。」と言って椅子をひとつひきよせ

服部君の斜め向かいに腰掛けました。そして単刀直入に尋ねたのです。

「君は学校や家で暴れまくっているって聞いたけど、本当?」

 

一瞬、すっと目を細めた服部君でしたが、すぐに元の目になるといいました。

「はい。」

「少し二人で話してみたいんだけど、いい?」そういう一さんに彼はこくりとうなずくと席を立ちました。

奥に向かって、「コーヒー、カウンセリング室に持って来て。」と声をかけると、一さんは服部君を促してカウンセリング室に入っていきました。

 

 

「コーヒー置きますね。」ノックをして入ってきた青木さんが一さんの前にコーヒーを置くとそっと出ていきました。

しん、した空気の中、コーヒーを一口すすった後、一さんが口を切りました。

 

「服部君、君が家でも学校でも自分の気持ちを抑えて怒らず、暴れなかったら今頃君はどうなっていたと思う?」

何を聞かれるのか、と構えていた服部君は一瞬拍子ぬけたような顔をしましたが、すぐに真剣な顔になって考え始めました。

 

しばらく経った後、その視線をしっかり一さんに向けると、掌(てのひら)をスーッと首の前で横に移動させ、「これ(自殺)か…」そしてもう一度、頭の横でグーからパッと指を開くと「これ(おかしくなっていた)だったと思う…」

それを聞いて一さんはじわっと目頭が熱くなる思いでした。

そして彼に向っていったのです。

 

「…そうか。君は自分を守るために怒って暴れていたんだね。よく一人で頑張ってここまで自分を守ってきたね。えらいぞ!」

 

えっといった表情を一瞬した後、握りこぶしが膝の上で震え出しました。

必死に涙をこらえていた服部君の頬に、スーッと一筋涙が流れました。声を押し殺して肩を震わせて、彼はかわいそうだった自分を思って泣いていました。

 

自分でもなぜこんなに腹が立つのか、彼は今日初めて理解できたのです。

 

無言の時間がしばらく静かに流れました。でもそれは居心地のいい静寂さでした。

 

外では淳君と青木さんがいつ服部君が怒り出して部屋を飛び出てくるのではないかと息をひそめてカウンセリング室をうかがっていました。

「どうなってるのかなあ…」心配げな淳君が青木さんに行った時、ゆっくりカウンセリング室のドアが開きました。

 

涙は止まったものの、目を真っ赤にした服部君と優しく彼を見ている一さんを見て、二人はいい結果に終わったのだということを悟り、ほっと息を吐きました。

 

何回も振り返り頭を下げながら帰っていく二人を見守りながら、一さんはまた目頭が熱くなる思いでした。

助けてあげたい、そんな気持ちでいっぱいでした。

 

 

数日後、一さんは別の不登校の子どものことで、服部君が通う高校を訪れていました。

職員室に通され、担任の先生との話が一通り終わったとき、50代半ばくらいの体格のいい、いかにも体育教師、といった風貌の先生が近づいてきました。

 

「あなたが鈴木さんですか?」そう聞きながら、応接セットのテーブル越しに立つと、その先生は言いました。

「はい、そうですけど?」面識のない先生に声をかけられ首をかしげている一さんにその先生は自己紹介をしました。

 

「私は服部の担任をしている田代と言います。実は今日、また服部が大暴れして手当たりしだいに物を投げながらいったんです。『どうして鈴木さんは分かってくれたのに、おまえらはわかってくれないんだ。』と。失礼ですが服部と何回会われたのですか?」

一さんは、静かに言いました。

 

「先生も私も、彼のことや将来どうなっていくのか心配しているのは変わらないですよね。でも一つだけ違うことがあるんです。先生方は『自分たちがこんなにお前のことを心配していることをなぜ分からからないんだ、分かってほしい』と思っているでしょう?

僕はただ、『苦しみを分かってあげたい』と思っているだけですよ。ただ、それだけなんです。」

担任の先生は絶句し、二の句も告げない様子でした。

 

数日後、淳君から電話がかかってきました。服部君がカウンセリングを受けたいと言っている、と淳君は電話口で言いました。青木さんから電話を受け取り、服部君の様子や住んでいるところを聞くと、一さんは「僕が直接、彼のうちに行ってみるから。」と言って電話を切りました。

 

時間が空いていたので、さっそく一さんは服部君の家まで行ってみました。隣町の住宅街の一角に彼の家はありました。

インターホンを押すと、やつれた感じの女性が出てきました。母親らしきその人は、一さんから事情を聴くと、頭を横に振りながらこう言いました。

 

「うちには、そんなお金はないし、あの子には悪霊が付いているからもうどうにもならないんです…すみませんが、お引き取り下さい。」

 

 

一さんはショックでした。せっかく心を開きかけていた少年が、親にさえ理解されないまま、この苦しみを抱えて生きていかなくてはならない…そう思うだけで、自分の無力さに歯ぎしりしたいような気持でした。

 

一週間後、しとしとと冷たい雨が降る日でした。カウンセリング室から外を見降ろすと、雨の中に誰かが立っているのです。一さんは目を疑いました。

 

服部君が服のフードを目深に被ってこちらを見上げていたのです。

 

一さんは窓を開けるのももどかしく、叫んでいました。

 

「服部君!そこで待ってなさい!!」

 

 

エレベーターを待つのがこんなにもどかしかったことはありません。舌打ちをすると、一さんは階段を一気に駆け下り始めました。

 

一さんの努力は報われませんでした。一さんが下まで降りたとき、彼はもう姿を消したあとでした。どっちの方向に駆けていったのか見当もつきません。

「服部君…」

冷たい雨が背中に突き刺さるようでした。

 

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