鈴木さん、私どうしていつもこうなってしまうんでしょう…?
今度こそ大丈夫、この人となら…って始めは思っているのに、やっぱり同じような人を選んでしまっているのでしょうか…。
今度は…今度こそは、優しい人と温かい家庭を作れると思っていたのに…
何度繰り返せば、普通の家庭を築ける人に出会えるのでしょう?
私は、幸せになれないのですか?
それは、今年のお正月のことでした。
ウエディングドレスとタキシードといういでたちの美男美女のカップルがにこやかに笑っている写真付きの年賀状が入っていたのは。
「あ、和佳子(わかこ)さん結婚したんだ。」
2度の離婚を経験し、その傷をカウンセリングで癒し、立ち直って数年。
一年ほど前に、「付き合っている人がいるんです。」という報告をメールでもらった時、どんな人なのかと気にかかっていたのですが、年賀状で初めて相手の顔を見た時から、一(はじめ)さんは何となく引っかかっていたのでした。
「あら、美男美女のカップルね!」
後ろから覗き込んだ早苗(さなえ)さんに、「あ、あぁ…そうだね。」と相槌を打ちながら、一さんは和佳子さんの結婚相手の写真から目を離せずにいました。
『今度はうまくいくといいんだが…』
なぜ、そんなことを思ったのか、取り越し苦労だと自分自身に言い聞かせるように考えながら一さんは別の年賀状へと視線を移したのでした。
あれから約半年、あの時の漠然(ばくぜん)とした心配がとうとう現実のものになってしまったのでした。
今の彼と付き合いだしてしばらくたった頃、仕事の都合で彼が転勤になった時、遠距離恋愛は不安だから、と言って和佳子さんは彼と同棲するようになっていました。
一さんからカウンセリングを受け、遠方に引っ越してからも不安なことや心配なこと、時には嬉しいことも、和佳子さんはメールで報告してくるような間柄でした。
同棲を始めた時、結婚を決めた時、折に触れてくる報告や相談のメールの端々から伝わってくる彼女に気持ちや感情から、一さんは一度きちんと会ってみないと、と感じていた矢先でした。
和佳子さんから一通のメールが入ってのです。
『鈴木さん、週末久しぶりに実家に行くことになったのですが、お時間ありませんか?』
一さんは早速返信をしました。
『土曜日ならいいですよ。』
約束の日、和佳子さんは約束した時間ぴったりに事務所にやってきました。
「お久しぶりです、鈴木さん。相変わらずここに来ると、ほっとしますね。」
「いらっしゃい、今日はどうしたんですか?」
そう言って一さんは和佳子さんに座るよう促しました。
促されるままにソファに腰掛けた和佳子さんは、ほっとしたのも手伝ってか涙ぐんだような眼をして一さんに話し始めたのです。
「鈴木さん、私また、だめかもしれません…」
そう言ったきり、彼女はしばらく目を伏せたまま、そろえた膝の上に置いた手を震わせていました。
その様子を見ながら、一さんは静かに言いました。
「実は、年賀状で彼とあなたの写真を見た時から少し気になってたんです。笑顔のはずなのにあなたの目がおびえているように見えたから。」
「…やっぱり鈴木さんにはお見通しですね…」
そういって、和佳子さんは胸の中に溜まっていたものを少しづつ吐き出し始めました。
付き合っているときは、すごく優しい人だったんです。一緒にいるときの気遣いがとても細やかで、かけてくれる言葉も優しくて、この人なら大丈夫、そう思って彼が転勤になった時、思い切って同棲することにしたんです。でも、一緒に暮らし始めるとそうじゃなかった…
気に入らないことがあると手をあげるし、何か指摘しようものなら手のつけようがないくらい怒りだすし…。私も思い切って別れればよかったんでしょうけど、切り出すにも怖くて、結婚の話になった時ついOKしてしまったんです。
結婚してすぐ子どももできて、これで少しは変わってくれるんじゃないかって思ったんですけど、『いらないから堕ろして来い』の一点張りで…もう、限界です。
鈴木さん、私どうしていつもこうなってしまうんでしょう…?
今度こそ大丈夫、この人となら…って始めは思っているのに、やっぱり同じような人を選んでしまっているのでしょうか…。
今度は…今度こそは、優しい人と温かい家庭を作れると思っていたのに…
何度繰り返せば、普通の家庭を築ける人に出会えるのでしょう?
私は、幸せになれないのですか?!」
すべて吐き出して泣いてしまうと、少し落ち着いたのでしょう、和佳子さんのほほに赤味が戻ってきました。
「やっぱり結婚生活を上手く送れないような人、以前の主人とは違っても結果的に同じような状況になるような人を選んでしまうんですね…私。友達にも随分相談したんです。
そうしたら、一番事情を分かってくれている友達からメールが来て、『前の旦那さんと別れたいって言って送ってきたメールと今度のメール、名前が違うだけで内容ほとんど一緒だよ。よく見てごらん。』って言って前のメールを送り返してくれたことがあって…読んでみたら前の時も同じようなことで悩んでいてホントに名前が入れ代わっていても分からないくらい…
送ってくれたメールを読んだ時はおかしくておかしくて…私、なんでおんなじこと繰り返しているんだろうって情けなくて涙が出てくるくらいでした。」
両親、特に母親が厳しい家庭で育ち、母親に対する反発から早く家を出たいと高校を卒業するのと同時に家を飛び出した和佳子さん。
「属するな」のトラウマから離婚を繰り返すのか…と考えワークをしたこともありました。
しかし、それだけではなかったようです。
『女の子が結婚に失敗し、不幸になることで何の目的を遂げようしようとしているんだろう?彼女が離婚を繰り返すことで苦しむのは…?』
その時、一さんの脳裏に『復讐』の二文字が浮かび上がりました。
『そうか…!!結婚することで母親を喜ばせておいて、離婚することでがっかりさせる。
母親に対してなんて効果的な復讐だろう…』
一さんはまっすぐに和佳子さんの顔を見ると、まず謝りました。
「和佳子さん、ごめんね。あなたの問題、解決できたと思っていたけれど、原因はどうも違うところにあったみたいだ。」
「え、どういうことですか?」
一さんはゆっくりと説明を始めました。
「僕はあなたの育った環境から、属することができなくなっていて結婚が長続きしないと思っていた。でも、今度の結婚の話を聞いてそれだけではないことに気づいたんだ。
和佳子さん、あなたは離婚を繰り返して不幸になる必要があったんだよ。」
「鈴木さんが言っていることがよく分からないんですけど?」
「和佳子さん、あなたが結婚に失敗することで不幸になるのは誰ですか?」
「…」
和佳子さんは目を伏せてしばらく考えていました。
「鈴木さん、分かりました…私、母に復讐していたんですね…」
青木さんの淹れてくれたコーヒーで一服すると一さんは言いました。
「いくつになっても、親にとって子どもは子どもで、心配の種なんですよ。その子どもが離婚を繰り返して幸せになれないとしたら、親にとってこんなに不幸なことはないと思いませんか?
厳しくて表だってお母さんに反発できなかったあなたの中の小さな傷付いた子どもが、
お母さんをがっかりさせることで復讐しているんですよ。
でも、もうそろそろお終いにしないとね。あなた自身がかわいそうだ。」
安堵からか大きなため息をひとつつくと、和佳子さんが答えました。
「すべて私がしていたことなんですね。正直、すごくショックです…。確かに厳しい母で、少しでも早く家を出たいと思ってましたけど…。無意識にここまでやるなんて。
もう、本当におしまいにしないと、ですね。
いくら厳しかったとはいえ、母にも悪いことをしました…。そろそろ母のことも許して、安心させてあげないとかわいそうですよね。もう、年なんだし…」
すっきりした顔になった和佳子さんは一さんにお礼を言うと「これ、お礼代わりと言っては何ですけど…」と菓子折りを取り出して一さんに手渡しました。
「彼と別れたら、もうこの土地のお土産を持ってくることもないでしょうから、味わって食べてくださいね。」冗談めかして言う彼女に、一さんは言いました。
「今度はいい人見つかるよ。」
和佳子さんはにっこり笑うと言いました。
「いいえ、何だか結婚しなくちゃいけないっていう強迫観念みたいなものがなくなった感じなんです。そこまでして、復讐しなきゃいけなかったなんて、逆に笑えちゃいますね。自然にその時が来たら結婚するかもしれないけど、それまでは一人もいいなって思えるんです、今は。こんな気持ちになれたのも鈴木さんのおかげです。ホント、ありがとうございました。」
一さんは和佳子さんの目を見てこう言いました。
「僕のおかげじゃなくて、和佳子さんが僕のアドバイスを受け入れてくれたからですよ。」
「あ、そうでした。良くも悪くも『自分が』したことですよね。」
「和佳子さん、いいセラピストになれそうだ。」
二人はそう言って顔を見合わせると同時に笑い出しました。
梅雨(つゆ)の晴れ間が出た、からりとした午後でした。