Season3-Cace02      「幸せのかけら」

隆浩井 | 2022年10月04日


          
                         Season3-Cace02      「幸せのかけら」

暑くて終わりのないように思えていた夏も、気がつけば蝉(せみ)の声も聞かれなくなって久しくなっていました。昼間の暑さはさすがにまだまだでしたが、風の涼しさ、日暮れの早さ…。

真夏と同じではない暑さに、季節の移り変わりを感じながら、一(はじめ)さんは二朗を連れ出し久々の散歩を楽しんでいました。

 

 

「おいおい、そんなに引っ張るなよ!」

喜んで飛び跳ねるような足取りで歩いていく二朗に苦笑しながら、かなりの距離を歩いた一さん。気がつくと一輝(かずき)の学校の近くまで来ていました。

「この時間なら、授業も終わって部活してるだろうな。ちょっとのぞいてみるか二朗?」

「うん!」とでもいいたげな顔をして二朗が一さんを振り返ります。

「よし、行ってみよう!」

一さんは二朗のリードを引き、学校の裏手にあるグラウンドを見渡せる土手を目指して歩き始めました。

 

土手の上にあがると、練習の様子がよく見渡せました。

「おー、やってるやってる。」

歩き回ってずいぶん落ち着いた二朗のリードを外し、土手の上を自由に歩けるようにしてあげると、自分は腰をおろして練習を眺めます。

声を掛け合いながら、ランニング、ストレッチ、キャッチボール、ノック、打撃練習…。

一さんは自分が野球一筋にのめり込んでいた幸せな時代を思い出しながらすっかり見入っていました。

(あの時はやめたいって思うこともあるくらい練習が辛いこともあったけど、野球ができるってこと自体が幸せだったんだなあ…。過ぎてしまって初めて気づくものなのかもしれないな、幸せって。)

そんなことを考えながら、物思いにふける一さん。

 

と、その時です。「おい、鈴木じゃないか?」背後から声をかけられたのです。

練習に見入って物思いにふけっていた一さんは、飛び上がりそうになるくらいびっくりしました。思わず、土手から滑り落ちそうになるのをかろうじて踏みとどまって振り向いた一さんの目に飛び込んできたのは、懐かしいチームメイトの顔でした。

 

「あーっ!おまえ、伊藤(いとう)じゃないか!」

思ってもみなかった旧友との再会に一さんの声は弾んでいました。

「どうしたんだよ、関東の方で事業やってるって聞いてたけど?」

 

一瞬、表情を曇らせた伊藤さんでしたが、意を決したように顔を上げるとこう言ったのです。

「実は、仕事うまくいかなくなって、こっちに戻ってきたんだ…。」

 

 

そう言ったきり黙りこむ伊藤さんを見て、一さんはしばらくかける言葉が見つかりませんでした。

どのくらいたったでしょう、一さんは伊藤さんの方に向き直ると、一言だけ言いました。

「ここにかけて、野球の練習でも見ていかないか?」

しばらくの間、二人は並んで腰かけ野球の練習を眺めていました。お互いに何か話すわけでもなく、ただただ高校生たちが白球を追いかけるのを眺めてました。

すると、伊藤さんの口から愚痴るともなく、こんな言葉が出てきたのです。

 

「俺の人生って何だったんだろうな…。小さいころから苦労ばっかりで、やっと人並みに仕事を立ち上げることができたかって思ってたら、この有様だ。世の中ってホント不公平だよなあ…。」

一さんは高校時代に伊藤さんから聞いた彼の生い立ちを思い出していました。

 

 

「俺は小さい頃、事故で両親を亡くしたんだ。記憶も残ってないくらい小さい時さ。

唯一俺を引き取ってくれた母方のばあちゃんも俺が小学校に上がるのと同時にこの世の人ではなくなってしまったんだ。」

「しばらく養護施設で過ごしたんだが10歳になる頃、子どもを病気で亡くし、その後子宝に恵まれなかった夫婦に引き取られることになったんだ。

 

夫妻の子どもの亡くなった年齢に近く、自分で言うのもなんだがハキハキと素直だった俺は、すぐに夫妻の目に止まり、降ってわいたような養子縁組の話はとんとん拍子にまとまったんだ。施設の先生たちも幸せになるんだぞって、涙ぐみながら送り出してくれたし、

ある程度ゆとりのある壮年の夫婦のもとで何の不自由もなく暮らせるはずだった。」

 

「確かに衣食住は満たされていた。でも夫妻は亡くなった子どもへのわだかまりがなくなってしまっているとは言えない状態で、口には出さないが『あの子はこんなではなかった』『あの子ならこうするはずなのに。』って思ってるのが分かるんだ。

俺は感覚の鋭い子どもだったから…。

表面上は何の支障もなかったが、心は満たされない、自分は幸せを得ることはできない、そう思う毎日だったよ…。

今だって、学校で野球しておまえたちとばかやってるときが一番落ち着くよ…。」

 

 

同じ学年で、レギュラーを争うライバル同士、それ以前に不思議とお互い一緒にいると落ち着く存在だった一さんと伊藤さん。

合宿の晩、ふとした拍子に話してくれた生い立ちを思い出すたび、何かの時には力になってやらないと、一さんはそう思っていたのでした。

 

 

「俺、大学から東京の方に行ってそのまんま就職したからこっちに帰ってくることもなかっただろう?向こうで結婚もしたからますます遠のいてて…。

両親には育ててもらった恩があるから最終的にはこっちに帰らなくてはと頭じゃ思ってたんだが…まさかこんな形で帰ってくることになるなんてな。こんな俺じゃ両親だって迷惑だろうがな…。」

 

「そうだったのか…」傍らに戻ってきた二朗をリードにつないでなでながら、一さんは伊藤さんの話をじっと聞いていました。

その時、一さんの頭に伊藤さんが現れる前に考えていた考えがよみがえりました。

 

(幸せって過ぎてしまって初めて気づくものなのかもしれないな…。)

 

「なあ、伊藤。俺今、野球見ながらこんなこと考えてたんだ…。野球やってた頃は練習が辛いなんて思うこともしょっちゅうだったけど、けがして野球出来なくなって初めて、あの時がいかに幸せだったか思い知ったんだったなあってな。夢も進む方向も分かんなくなって一人で不幸を背負込んだみたいに思ってたけど、おかげで結果的には今のカウンセリングの道に進むことができたし、これはこれで悪くはないなって今は思ってる。

おまえが小さいころから苦労してきたことも知ってるし、今日会ってみて、今もすごく大変なんだって分かった…。すごく驚いたよ。仕事のこと…。でも、あきらめさえしなければなんとかなるんだって、俺、カウンセリングの仕事しててすごく思うんだ。

お前は今、元気に生きているし奥さんも子どももいるんだろう?

そんな、何もかも終わったような顔するなよ。諦めたらそこでおしまいだぞ。

自分で自分の限界決めてどうするんだ?人間って自分が思ってる以上に力を持ってるものなんだ、絶対あきらめるなよ!」

 

話し出したら、次第に高校時代のような口調になって、本気で怒りだした一さんに、伊藤さんは始め、あっけにとられた顔をしていましたが、一さんの本気で怒っている顔を見てつい笑い出していました。

 

「変わってねえなあ…鈴木らしいや。そうだな、お前、昔から手抜きするやつ大っ嫌いだったもんな。懐かしいよ…お前、俺のこと今でも本気で心配してくれるんだな…。ありがとう。」

そう言いながら、にじんできた涙を照れくさそうに手の甲で拭い、こう言いました。

「こっちに戻ってから会うやつ皆、腫物(はれもの)を触るようにしかしゃべってくれなくって、事業に失敗して戻ってきた俺を持て余してるみたいだった…久しぶりだよ、お前みたいに話してくれたやつは。」

そう言って顔をあげた伊藤さんの目にきれいな夕日が飛び込んできたのです。

 

「ああ、昔、野球しながらよく、こんな夕日眺めてたよな…鈴木。あの頃はきれいもへったくれもなかったけどな…。俺さあ、ずっと自分は不幸だって思って生きて来たけど、あの頃は振り返ってみれば確かに幸せだったんだよな。俺、ここに来て、お前と会って、俺にも幸せな時代があったってこと初めてわかったよ…。」

伊藤さんは今まで不幸な出来事に埋もれてしまっていた幸せの記憶のかけらを、自分の中から掘り起こしたようでした。

 

「ちゃんと今でもはっきり思い出せるくらい頭の中に残っていたはずなのに、きれいさっぱり忘れていたっていうか、見えなくなってたっていうか…。なんで思い出せなかったのか不思議だな…。」

「そうさ、悪いことばっかりの人生もいいことばっかりの人生もありえないんだ。大小の差はあっても幸せも不幸も平等にやってくる、要はそれを気付けるか、気付けないか、なんだ。不幸なことばっかり考えてると、幸せだったことも、今幸せなことも、幸せになる可能性さえも見逃してしまうんだぞ。

おまえ、えらく美人の嫁さんもらったって聞いてたぞ?家族が仲良く暮らしてりゃ、なんとかなるもんだ!」

伊藤さんはずいぶん柔らかな顔になっていました。

「ああ、そうだな。自慢の嫁さんだよ。こんなになってもついてきてくれる…。俺は本当に自分のことしか見えなくなってしまっていたんだな…。自分ひとりだけが不幸を背負っているような気になってたよ。子どもたちにも、かわいそうなことをしてしまったな…。」

 

夕日が沈みきってあたりが夕闇に包まれる頃、伊藤さんは奥さんと子どもの待つ家に帰っていきました。

「おまえと話さなかったら、このまま消えていたかもな。」という一言を残して…

 

 

グラウンドに「ありがとうございましたー!!」という元気な声が響き渡り、練習が終わったようでした。

薄暗くなってきたグラウンドから、「おーい!父ちゃーん!二朗ー!片付けてくるから、そこで待っててー!」と叫ぶ一輝の声が聞こえました。どうやら土手の上にいるのが見えていたようです。

 

 

すっかり暗くなった土手の道を並んで帰りながら、一輝が言いました。

「こんな時間まで練習見てるなんて珍しいね。」

それに応えて、一さんが聞きます。

「一輝こそ、一緒に帰ろうなんて、珍しいな。いつもならみんなと一緒に買い食いして帰るくせに。…あっ!そうか!!」

何かに気づいた一さんに「さすがだねー。」と一輝が嬉々として言いました。

「俺、今日、財布空っぽなんだ。父ちゃん、なんか食わせてくれる?」

 

(こいつ、頭の中、不幸の不の字もないんだろうなあ…、幸せなやつ…。)

 

「俺より幸せそうなやつにおごる金はない!さあ、さっさと帰って母さんに飯食わせてもらえ!」笑いながら二朗をせかして走りだす一さんに「えぇー!?なんでぇ??俺もう腹ぺこで死にそうだよぉ…。」と文句を言いながらも走り出す一輝。

 

(こいつ、幸せな記憶に不幸な記憶が埋もれてしまってそうだな…。)

 

息子が順調(!?)に幸せな人生を歩んでいることを感じ、うれしくなった一さんでした。

 

 
 





 









 

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