Season2-Cace06      「何もできない私」

隆浩井 | 2022年9月27日


          
                         Season2-Cace06      「何もできない私」

とうとうやって来ました…。

毎年、必ず来ると分かってはいても、うっとうしさは変わりません。

全国的に梅雨真っ只中です。

 

「毎日よく降りますねえ…今年は空梅雨(からつゆ)って言ってたけど予報外れたみたいですね。

夏に水不足になったら困るけど、こう毎日降られると滅入っちゃいますよねえ。」

ご近所から分けてもらったというアジサイの花を生けながら青木さんが言いました。

 

「そういえば、アジサイって土が酸性かアルカリ性かで色が変わるんですよね。この花赤味がかってきれいでしょう?珍しい色ですよね。」

「アジサイの色が一か所だけ変わってたから、死体が埋まってるのがばれちゃったっていうサスペンスドラマがあってたなあ…死体が埋まってると酸性になるかアルカリ性になるか、青木さん知ってる?」

椅子を窓際に移動して、雨が降る様子を眺めてた一(はじめ)さんは振り向くと、怖がりの青木さんを脅かすようにニヤッと笑いながら言いました。

「下の植え込みのアジサイ、同じ株なのに色が違うんだよねえ…?」

「やだ!先生、怖いこと言わないで下さいよー!!」

そそくさと花瓶をカウンセリング室に持って行く青木さんの後姿を眺めながら、一さんは独り言をつぶやきます。

「青木さんって怖がりでからかいがいがあるなあ。今度はどうやって脅かそうかな?」

 

一さんがあれこれ考えを巡らせていると、「そういえば、10時のお約束の松嶋(まつしま)さん、なかなか見えませんねえ。道に迷われてるんじゃないでしょうか…」

掃除も終わり、一さんにコーヒーを出しながら青木さんが心配そうに窓の外を眺めながら言いました。

雨も一層激しく降ってきて、雲も厚く垂れこめ、よっぽどの用事がなければ外出したくない…そう思わせるような空模様、どこかで渋滞などに巻き込まれてなければいいけど…。

そう呟きながら、メールのチェックや備品・資料のチェック、電話の応対…と青木さんは次々仕事をこなしていきます。

よく、しゃべりながらこれだけの仕事がこなせるもんだなあ…と、妙なところに感心しながらもう一度窓の外を眺めだした一さんは、間もなくあわてた様子で小走りにビルに向かってくる女の人の姿を見つけました。

「どうやら、無事に見えたようだよ。」

その言葉通り、数分後にインターフォンのチャイムが鳴りました。

青木さんはタオルを持ってお迎えに出て行きました。

 

「雨がひどくて大変だったでしょう、どうぞお使いください。」

差し出されたタオルを受け取って女性は申し訳なさそうに言いました。

「遅れてしまってすみません。松嶋といいます。私、方向音痴な上にものすごい雨で…。

普段このあたりに来ることもないから迷ってしまって…何度か通ったことくらいはあるんですけど、雨のせいか全く景色が分からなくなっててあせりました。

すみませんが、お水を一杯いただけますか?」

 

カウンセリング室に案内され、濡れた髪をふき、お水を一杯飲む頃には少し落ち着いたのか、松嶋さんはきれいに飾られた室内をキョロキョロと眺め始めました。

頃合いを見計らってカウンセリング室に入ってきた一さんはその様子をほほえましく眺めながら、声をかけました。

「雨が土砂降りで大変でしたね。初めまして、鈴木です。」

カウンセリング室の中を見回していた松嶋さんは、あたふたと振り返り、「え、あっ、は、初めまして…遅れてすみませんでした。松嶋です。」とお辞儀をしました。

「私すぐにパニクってしまって…もう少し落ち着いて考えたらって、主人にもいつも言われちゃうんです。今日も本当は主人に送ってもらうはずだったんですけど、お休みが取れなくなってしまって。おまけにこの雨で、たどり着けないかもって思っちゃいました。」

一さんはそう話す彼女の様子を見ながら、「どうぞ、かけてください。」と声をかけ、自分も腰掛けました。

「今日は、どうされたのですか?」

そう尋ねる一さんに彼女は話し始めました。

 

 

「さっきもお話しした通り、私何かあるとすごく慌ててしまうんです。パニクってしまって、冷静に考える事もできなくなるし、新しいことや初めての場所に行かなくてはいけないっていうような時も焦ってしまうし。小さい時から、ものすごい方向音痴なので、主人がいるときはよく一緒に行ってくれるんですが…もしかしてトラウマとか取ってもらったら、少しは良くなるかもって友達に勧められてお電話してみたんですけど、治りますか?」

 

黙って聞いていた一さんは、松嶋さんに視線をあげると聞きました。

「小さい頃にも方向音痴で困ってましたか?」

間髪入れずに、松嶋さんは「はい、それはもうしょっちゅうでした。」と答えました。

「お父さんやお母さんはそのことについて何か言われていましたか?」

そう尋ねられて、しばらく考えていた松嶋さんはこう答えたのです。

「そういえばこんなことがありました。私小さい頃、英語教室に通っていたんですが、その教室のあるビルの出口が2か所あって、違う出口から出るといつも帰る道がどっちに行けばいいのか分からなくなってしまうんです。

父が車で迎えに来てくれたことがあったんですが、お互いに違う出口で待っていたみたいでずいぶん長い間会えず途方に暮れたこともありました。ずいぶん待った頃にお互いに探し出して1時間以上たってやっと会えたんですけど…父も心配してずいぶん探したようで、『おまえは決して一人であちこち行ってはだめだよ。』ってずいぶん念を押されました。

それ以来、父も母も私が一人で出かけると迷子になるのではと心配して、いつも可能な限り一緒についてきてくれるようになったんです。」

 

「そうですか、ではここに来られるのも大変だったでしょう?」

「はい、遅れないようにずいぶん早くには出たんですけど、やっぱり迷ってしまって…」

「松嶋さん、お幾つでしたっけ?」

「はい、先月誕生日だったので、28になりました。」

「今はご主人とお二人ですか?」

「結婚して3年ですが、まだ2人です。その方が気が楽で…」

「ご主人は優しい方のようですね。」

「ええ、優しいというか、心配症というか…まるでお父さんがしてくれていたように、出かける時には送ってくれたり、迎えにきてくれたり、それができないときには地図や目印になるものとか調べて私に教えてくれるんです。方向音痴なのがよっぽど心配なんでしょうね。」

 

そこまで聞いたところで一さんは立ち上がると、椅子を一つ持ってきて言いました。

「ここにさっきまで道に迷っていたあなたが立っています。」そういうと、一さんは彼女に立つように促し、言いました。

「まっすぐ背筋を伸ばして、『私は28才です。一人の自律した女性です。』といった後にみてごらん。何歳くらいに見えますか?」

 

彼女は言われたように言った後、しばらく椅子を見ていましたが、ぽつりと言いました。

「お父さんと待ち合わせして迷ってた頃の私です…そう、7歳くらいに見えます!」

 

唖然としている彼女に、一さんは言いました。

「そろそろ、『何もできない小さな私』を卒業しましょうか。それはあなたの思い込みなんですよ。そうしなくてもあなたは十分愛される価値のある人なんです。

お父さんお母さんがいないと道に迷ってしまう、自分一人で行ったら危ない…もう大人になって頭では自分でしなくてはと思っていても、パニクってしまうのは古い脳の中に、

『お父さんお母さんの言う通りにしていた方が安全だ』という思い込み、つまり『そうしていた方が構って可愛がってもらえる。』という思い込みが刷り込まれているからなのですよ。子どもはどうしたらより多くの愛情を注いでもらえるかアンテナを張り巡らせて情報収集しているからね。でも、客観的でないから自律していない方が愛してもらえるって思いこんでしまうこともあるんですよ。

あなたの古い脳にとって『何もできない』ってところに身を置く方が安全に感じられるんです。あなたの客観的な脳は方向音痴で困るから何とかしたいって思っているのにね。」

 

話を聞きながらまだ、釈然としない様子の彼女に、一さんはこう言いました。

「ちょうど、小降りになってきたから外に出てごらん。道が分かるはずだよ。」

半信半疑で出ていく彼女を送り出した一さんは事務所にいる青木さんにコーヒーを頼むと

大まかな事情を話し、「彼女の反応、こうご期待!」と言ってカウンセリング室に戻って行きました。

 

 

数分後、青木さんがコーヒーを運んでくるのとほぼ同時に、松嶋さんは興奮し、紅潮した顔をして戻ってきました。

「鈴木さん、魔法みたい!来た方向がはっきり分かります!!」

そして、もう一言「このビルの下、アジサイがすごくたくさん咲いていたんですね。気がつきませんでした…。」

 

 

松嶋さんが次回の予約をした後、ビルの下を帰っていく姿を窓から眺めながら、一さんは青木さんに言いました。

「自分が方向音痴って思いこんでいる人は、道に迷いだすとパニックになってしまって余計に周りのものが視界に入らなくなっちゃうんだ。道ばっかり一生懸命見すぎて逆に目印とか見落としてしまって、ますます分からなくなるっていう悪循環になるんだね。

松嶋さんは迷っている時の自分の心理的な年齢が7歳だって気づいたとたん『今ここ』の実年齢で脳が働きだしたんだ、だから一瞬で道がわかるようになったんだよ。

 

考えることや自律するってことは大人になっていくために必要なことだけど、客観的な判断力が未熟な子どもたちは、そうでないほうがいつまでも可愛がられる、愛されるって思いこんでしまうことも結構あるんだ。いつも誰かに保護されていないと生きていけない『共生関係』だね。古い脳の思い込みとそれを解かれないようにする働きってすごいからね。」

 

それを聞いた青木さんは、しみじみと言いました。「もう大人になっていて、いらなくなった思い込みなのにその場面になると小さな自分に引き戻されて、その通りに動いてしまうなんて不思議ですよねえ。理論的には分かっているつもりなんですけど…いつもカウンセリングの話を聞くと驚いちゃいます。

私だって自分で考えて行動してるって思っているけど、小さな自分に引き戻されているところっていっぱいあるんでしょうねえ…せっかく人しか持ってないすごい潜在能力を秘めた新しい脳があるんだからいっぱい使ってみんな幸せになってほしいですよねえ…。」



👉次回Season2ーCase07

「和解」




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