Season2-Cace05      「封印された別れ」

隆浩井 | 2022年9月22日


          
                         Season2-Cace05      「封印された別れ」

「君はお父さんにさよならができなかったんだね…とても悲しかっただろうに。

もうしっかりしなくってもいいんだよ、泣いてもいいんだよ。だからお父さんにさよならしよう。」

 

 

10日ほど前の、真夏のように日差しの強い日のことでした。突然、事務所の電話が鳴りだしました。

ちょうど、カウンセリングが終わり、青木さんが次の予約のために席を外していたため、久しぶりに一(はじめ)さんは電話を取り応対しました。

「はい、鈴木カウンセリング事務所です。

電話口から、女性の声が聞こえてきました。

「あの、保健の先生から教えていただいたんですけれど…。江口といいます。実は、うちの息子のことでご相談したいことがあって…」

初めての電話で、何をどう話していいのか、という雰囲気が電話口から伝わってきます。

状態を察した一さんは、優しく話しかけました。

「お母さん、大丈夫ですよ。全部をきちんと整理して話そうと思わなくていいですから。

一度、事務所まで来て見られませんか?」

ほっと息を吐く気配が伝わってきました。

「はい、お願いします。」

初めよりずいぶんしっかりした印象の声で、お母さんは答えました。

その後、10日ほど経ってお母さんが訪ねてきて話した事情は、次のようなものでした。

 

息子の雅治(まさはる)くんは、小学校5年生。現在、高校3年・1年、中学2年の3姉妹の後に生まれた待望の男の子でした。

特にお父さんは大喜びで、小さい頃からどこに行くにも連れて行き、お風呂も一緒、寝かしつけまでするような、目に入れても痛くないといったかわいがりようでした。

雅治くんは両親と3人のお姉ちゃんから有り余るほどの愛情を受けて大きくなり、体はやや小さいながらも運動神経は抜群で、明るくユーモアのあるクラスでも人気者でした。

 

そんな雅治くんでしたが、3か月ほど前事故で急にお父さんが亡くなったのです。

体格も良く健康そのものだったお父さんは病院とほとんど無縁の人でした。

仕事で車に乗ってお得意さんの注文の品を届けに行った帰り、居眠り運転のトラックと正面衝突し、大けがを負った、と連絡が入ってすぐ家族みんなで駆けつけました。

大きな体に不似合いな小さなベットに横たわり、たくさんの機械とたくさんのチューブ、たくさんのお医者さんや看護師さんに囲まれて包帯だらけのお父さんは横たわっていました。

みんなが声をかけるとうっすらと目を開けてほほ笑んだ後、お父さんは雅治くんに手を伸ばし、かすれた声でこう言ったそうです。

「雅治、お母さんとお姉ちゃんを守ってくれ、頼んだぞ。」

「分ったよ、お父さん。だから安心して!」

そう言って握り返したお父さんの手からがっくりと力が抜けました…

 

雅治くんは、お葬式が終わって一カ月たたないころから次第に荒れだしたというのです。何が気に入らないのか学校も休みがちになり、怒り出すとお母さんにも手を上げ、手がつけられないほどだとお母さんは話してくれました。

 

「お父さんが亡くなった後、周りの人は雅治くんにどんなふうに関わってきました?」

そう尋ねる一さんにお母さんは考えながら答えました。

 

「お葬式のとき、泊まり込んでくれた私の弟がとても気にかけてくれていて、『この家に男はお前ひとりだから、悲しいだろうが、お前がみんなを守ってあげるんだぞ』って励ましてくれて…おばさんたちも、跡取りだから頑張るんだよって。ありがたいことに、皆とても気づかってくれています。本人にはそれが負担なのかもしれませんが…。」

「そうですか…お話を聞いた限りでは断言はできませんが、上手に感情が使えていないのかもしれません。ここでも、おうちに伺ってもいいので、一度雅治くんに会わせてくれませんか?」

「感情…ですか??」

よくわからない、といった表情のお母さんに一さんは言いました。

「ここまでこれだけ愛情を注がれて育った雅治くんですから、非行に走っているとは思えません。何かきっかけがあって、お父さんを亡くした悲しみを怒りにすり替えているのでしょう。感情が偽物なのでいくら怒っても怒りが消えないのかもしれません。まずは会って話してみないと。上手に感情の処理ができれば、暴力も止まると思いますよ。」

 

数日後、お母さんは何とか本人を連れてやってきました。

見るからにしぶしぶ、といった顔の雅治くんは、出迎えた青木さんの顔もろくろく見ず、そっぽを向いたままだった、という青木さんの報告を聞いて、一さんは立ち上がりました。

「それじゃ、怒りん坊に会ってくるか…」

 

カウンセリング室に入ると、ふてくされた顔の雅治くんと、申し訳なさそうな表情のお母さんが並んでソファにかけていました。

「お母さん、ちょっとお隣の部屋で待っててもらえますか?しばらく二人で話させてください。」

一瞬不安そうな顔をした雅治くんを気にかけながらお母さんは部屋を出ました。

パタン、とドアがしまる音を待っていたように、一さんは身構えている雅治くんに話しかけました。

 

 

「君は家で怒りまくって、お母さんにも手を上げてるって聞いたけど、本当かい?」

 

てっきり怒られると思い込んでいたのでしょう、拍子抜けしたような表情になった雅治くんは、それでもまだ警戒しているぞ、といった目で睨みつけながら口を開きませんでした。

 

「たくさん怒って、すっきりしたかい?僕にはそうはみえないけど。とっても悲しい眼をしているから…」

そう言って、一さんからやさしい視線を向けられた雅治くんの目から、スーッと一粒の涙が落ちたのです。

 

「ホントは悲しかったんだよね。よく我慢してたね。」

そう一さんが言ったとたん、雅治くんが一気に話し始めたのです。

 

「だって…だって、僕んち男は僕だけになったんだもん。僕がしっかりしてみんなを守っていかなきゃいけないんだもん…泣いてたら守れないんだ!

…でも、そう思ってしっかりしなきゃって思えば思うほど、腹が立ってくるんだ…何で腹が立つのか、自分が自分で分かんないよっ!!怒って暴れて、お母さんを打って…でもちっともすっきりなんかしないんだ!!自分がどんどん嫌いになってくる、もういやだ、苦しいよ!!」訴えは次第に涙声になっていきました。

 

 

「君はお父さんにさよならができなかったんだね…とても悲しかっただろうに。

もうしっかりしなくってもいいんだよ、泣いてもいいんだよ。だからお父さんにさよならしよう。」

 

精一杯張りつめていたのでしょう、ぐっと食いしばった口元がふっと緩んだかと思うと、彼は肩を震わせてうつむき、すぐに嗚咽が漏れだしました。

 

 

「…っ…おとっ…さ…んっ、お…父さん…何で、死んじゃったんだよう…どうして、どうしてっ!!」

 

後は言葉になりませんでした。思いが後から後から湧いてきて、もう抑えることは出来ません。

ただただ、幼い子どものように泣きじゃくる彼を一さんはじっと見守っていました。

「辛かったね…雅治くん。うんと泣きなさい。」

 

 

一さんはそっと部屋を出ると、隣で待っているお母さんの所へ行き、言いました。

 

「もう大丈夫ですよ。今、お父さんを思って泣いています。深く悲しんで泣くことで、人は過去にサヨナラできるのです。でも、彼はお父さんから後を託され、みんなからしっかりしろと言われたため泣くこともできず、十分に悲しんでお父さんとサヨナラすることができていませんでした。

抑え込まれた感情は、歪んだ形で出てきます。雅治くんは悲しみを怒りに変えることで、無意識に処理しようとしていたんです。でもその怒りは偽物だから、いくら怒っても解決しなかった…しっかりしなくては、と思うのに怒りがわいてきて、暴れて、そのことをまた悔いて…彼も辛かったと思いますよ。」

 

話を聞くうちに、お母さんの目にも涙がにじんできていました。

「そうですか…可哀そうなことをしました…まだ、11歳なのに、お父さんの代わりにしっかりしろなんて、無茶なことですよね…」

うつむくお母さんに一さんは優しく声をかけました。

 

「誰が悪いんじゃないんですよ、皆良かれと思って、励ましてくれたのだから。」

 

 

一さんが部屋に戻ると雅治くんは思い切り泣いたためか、すっきりした表情をしていました。目は真っ赤に腫れ上がり、真っ赤な鼻になっていましたが…

 

「お父さんにサヨナラできたみたいだね。」

一さんがそう声をかけると、照れくさそうな顔をして彼はうなづきました。

「雅治くん、近いうちにお父さんのお墓参りに行っておいで。そしてお墓の前で、お父さんが死んでしまってどんなに悲しくて辛かったか、いっぱい恨み言を言ってくるんだ。

遠慮したらだめだぞ。そして全部吐き出したら、最後にありがとうって言っておいで。」

雅治くんは力強くうなづきました。

 

 

お母さんと連れだって帰っていく後姿を見送りながら、大まかな事情を聞いた青木さんは

感慨深げに言いました。

 

「感情って本当にすごいですね…あの怒りん坊が、もうお母さんに甘えてる。肩の荷が降ろせてホント、楽になったんですね!」

それを聞きながら、一さんは師匠の顔になって言いました。

「セラピストは、話を聞くんじゃないんだ、『感情を聴く』んだぞ!」

青木さんも神妙な顔を作りながら、答えました。

「了解しました!師匠!!」

最敬礼しながら答えると、二人は同時に噴き出して大笑いしながらそれぞれのデスクに戻って行きました。

 

「青木さん、阿吽の呼吸ってやつが身についてきたみたいだね。空気を読めるのも、一流のセラピストの条件だよ。」

と茶化す一さんに青木さんが応戦します。

「ハイ、師匠がいいですから。」

 

さらりと答える弟子に、一さんは苦笑しながら言いました。

「そこまで言ってくれたら、なんかおやつ買ってこなくっちゃな。」

「ラッキー!おいしいコーヒー入れときます。」

青木さんの笑顔に見送られながら、一さんは買い出しにと出かけていくのでした。

 

 

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