Season2-Cace04      「懐かしき日々」

隆浩井 | 2022年9月22日


          
                         Season2-Cace04      「懐かしき日々」

一(はじめ)さんがまだ小学生だった頃のお話です。

今のセラピストとしての一さんしか知らない人が聞けばびっくりするほどのガキ大将だった一さん、しかし案外、このガキ大将時代に「困っている人を助けてあげたい」というライフワークの原型が作り上げられたと言えるのかもしれません。

 

先生が「コラっ!」と言えばそのあとに必ず「鈴木」の名前が出るほどのガキ大将。

でも、決して弱い者いじめはしない、そんな正義感にあふれたガキ大将だった一少年のお話です。

 

 

ある日のことでした。昼休みが終わり、五時間目の授業が始まるチャイムが鳴ったとたん、大慌てで駆け込んできた一少年。

先生が教室に到着する前に席に着くことができ、後ろの子に「セーフ!」なんて言いながらはだしの足をぶらぶらさせていた時でした。

教室に入ってきた先生が「全員足の裏見せてみろ。」と一言。

机の下を覗き込んでいた先生が、一少年の前でピタッと止まったのです。

 

「鈴木、ちょっとこい。」

叱られ慣れている一少年ですが、今回は全く思い当たる節がありません。首をひねりながら先生について廊下に出たとたん、目に入る昇降口から延々と続く、点々と白く続く足跡。

「鈴木、足乗せてみろ。」

まるで踏み絵を踏まされている気分の一少年。覚悟をきめて乗せた足は当然のことながら足跡にぴったりです。

「鈴木!!足洗ってこいっ!」

みんなの大爆笑に見送られながら足洗い場にかけていく一少年。

このように先生に叱られることはしょっちゅうで、ある意味生活の一部になっていた一少年でしたが、そんな中でも先生達が認める一面がありました。それは面倒見の良さと弱い者いじめをしないという公正さでした。

 

ある日、担任の先生に「後で職員室に来るように。」と言われた一少年。今日は何のお小言だろうか、帰り道でよその庭先の柿をとったことか、チョークの箱に蛙を入れたことか、隣町の学校のガキ大将と果し合いをしたことか、それとも…悪さを数え上げれば枚挙に限りはありません。

「先に謝ったほうがげんこつの数が減るかも。」

そう思い、職員室に入ったとたん、「先生、ごめんなさい!俺が悪かったです!」と大声で謝る一少年。

「…その話はあとでゆっくり聞こう。げんこつはその後だ。今日お前を呼んだのはちょっと頼みたいことがあってな…二学期になって転校してきた吉田、あいつのことをお前に頼みたいんだ。

あいつは体が小さい上に気が弱くてなかなかみんなになじめていないだろう?

父親を事故で亡くして以来、母一人子一人の貧乏暮しで放課後も家の手伝いや何やらで遊ぶ暇もないから仕方ないんだろうが…鈴木、済まんがしばらく面倒見てやってくれないか?」

 

もともと優しくて面倒見のいい一少年は、転校してきた時から吉田君のことは気にかかっていました。そこに、自分のことを信頼して先生が頼んでくれたとなれば断る理由があろうはずがありません。

「先生、任せとけって!と、違った、任せといてください!」元気よく答える一少年に先生はうなずくと、思い出したように言いました。

「ところで、鈴木。さっきの謝罪は何の悪さをしたんだ?」

「あ、えっとその、何ていうか…」急に歯切れの悪くなる一少年。先生はにやっと笑うと一言。「時間はゆっくりあるからな。洗いざらい話していってもらおうか?」

 

(頼み事しといてそりゃないよ、先生…)

一少年の心の訴えはどうやら先生には届かなかったようです…

 

 

それから数日後、秋の遠足の日。よく晴れた小春日和の日で、遠足にはもってこいの日和でした。

みんなが楽しそうにそれぞれ仲のいい友達とおしゃべりしながら歩いていく中、吉田君は何となく溶け込めないまま、ぽつんと少し離れたところを歩いています。

それに気づいた一少年はわざとらしくならないように気をつけながら振り向くといいました。「おーい、吉田!向こうについたら野球したいんだけど、メンバーが足んないんだ。お前、野球好きか?」

えっ?といった表情で見返す吉田君に一少年は「頼むよ、足りねーんだ!」と手を合わせながら大げさに頭を下げて見せます。パーっと明るい表情になった吉田君が「うん!」と答えるとたたみかけるように「助かった!よーし着いたら一緒に弁当食いながら作戦会議しようぜ!」とお弁当の約束まで取り付けました。

吉田君も野球が好きなようで(このころの男の子はたいてい野球好きでしたが…)好きなプロ野球チームや選手の話に盛り上がります。

(しめた!)みんなに中に吉田君を引っ張り込むことに成功した一少年も満足気です。

そのままの勢いで到着後はお弁当になだれこみ、なんとも賑やかなお弁当となりました。

(これで一安心!)

そう思ってお弁当をぱくつきながら、ふと気になって周囲を見回すと、さっきまで元気よくみんなの輪に入っていた吉田君がなんとなくもじもじしているのです。お弁当の包みを半開きにしてみんなから隠すように食べています。

長い距離を歩いて腹ぺこのみんなは自分のお弁当を食べるのに夢中で吉田君のそんな様子を気にかけている子はいないようです。

(???どうしたんだ?)

気にかかった一少年は吉田君の手元のお弁当をのぞきました。吉田君の包みの中には大きなおにぎりとたくあん、たったそれだけだったのです。

(そっか…そういうことか。)

一少年は立ち上がると自分のお弁当箱のふたを持って、言いました。

「吉田が腹減ってて弁当足らねーって!まだ残ってる奴、何かくれよ!」

あっちこっちから声がかかります。

「卵焼きでいい?」「ウインナーやるよ。」「サラダ嫌いなんだ、助かった!」「食べちゃったから、お菓子でいい?」みんな次々にふたに乗せてくれます。

やがていっぱいになったふたを吉田君の目の前に差し出しながら一少年は言いました。

「腹が減ってちゃ戦はできねーぜ!まあ食えよ!」

じわっと目に涙をにじませながら吉田君は受け取ってくれました。そして、「おいしいよ、とってもおいしいよ…」とつぶやきながらすごい勢いで食べ始めたのです。

 

みんなが分けてくれたお弁当を食べ終えた吉田君は、すっかりみんなの中に溶け込んで野球を楽しむことができました。満面の笑みでみんなと野球を楽しむ吉田君を見ていると、一少年は自分のことのようにうれしかったのです。

 

 

すっかりみんなになじんだ吉田君、案外近くに住んでいることが分かりたびたび一少年と一緒に帰るようになっていました。

ずいぶん朝夕が肌寒くなったある日、近づいてきた修学旅行の話題が出た時のことです。

「吉田、旅行の前に転校してきてよかったな!早く行きたいな。」

そう話しかける一少年に吉田君の答えはいまいち、歯切れの悪いものでした。

「…えっと、そ、そうだね…」

勘のいい、一少年。すぐに、「行けないのか?」と問いただします。

言いにくそうに吉田君が答えました。

「積み立てもしてないし、うちお金ないから…」

はじめからあきらめている吉田君の様子に、一少年はかわいそうに思う反面、少々のもどかしさも感じていました。

 

(何で、どうにかして行こうって考えないんだ?)

何事にもまっすぐ、困ったことは何とかして解決する方法を考えて考えて、考え抜く、それが当たり前という感覚の一少年にとって、吉田君のようにすべてをあきらめたような目をした子にあうのは初めてのことだったのです。

(このまんまじゃだめだ、あきらめたらそれでお終いだって分かってほしい。)

そう思い、一少年は必死で考えました。

急に黙り込んだ一少年に「どうしたの?」と心配げに声をかける吉田君の声も耳に届かない様子で、黙々と歩いていた一少年は、ふと立ち止まると言いました。

「吉田、悪い!俺ちょっと寄るとこ思い出した!先帰ってて。」

訳が分からず置いてけぼりにされた吉田君を残し、踵を返すと今帰って来ていた学校への道を走り始めていました。

 

学校に着くと、同じクラスの岩本という女の子を探す一少年。女の子をまとめている、リーダー(女番長?)的存在の姿を、校庭の一角に見つけた一少年は素早く踵(きびす)を返すと一目散に走り出しました。

 

「いわ、もと…ちょっと話…あるんだけどっ…」

全力疾走後で、肩で息をしながら話す一少年に、岩本女史は怪訝(けげん)そうな顔をして「何なのよ、人を見るなりっ!」と言い返しました。

やっと息が整ってきた一少年は真剣な顔をして「2学期に転校してきた吉田、お金が無くて修学旅行行けないんだ、いけるよう協力してくれよ!」と畳みかけるように頼みます。

「ちょっ、ちょっと待ってよ!そりゃかわいそうだけどお金なんて持ってないよ。」

「…悪い、説明不足だった…。俺に考えがあるんだ。6年生の花壇があるだろう?あの花を売ってお金を作りたいんだ。俺らが売ってくるから、女子で売り物になるようにきれいに包んでくれよ、頼む!」

しばらく腕組みをして考え込んでいた岩本女史は視線を一少年に戻すと、言いました。

「分った。女子も協力する。明日までにみんなに話しておくから、決行は明日の放課後ね。」

「さすが岩本!話が早いぜ!」抱きつかんばかりの喜びようの一少年にやや身を引きつつ、岩本女史は言いました。

「任せといて。売り物になるようにきれいに作ってあげるから!」

 

翌日、教室はその話でもちきりでした。先生に見つかっては元も子もないので休み時間ごとにあっちこっちで頭を寄せあって放課後の手順を相談する姿が見られ、授業中は先生の目を盗んで伝達のメモが回りました。

いつもなら帰りの会の後、数人は教室でしゃべりこんでいるグループを見かけるのですが、今日はあいさつが終わったとたん、みんなが先を争うようにカバンを片手に走り出ていきます。

「??」怪訝そうな先生が首をひねりながら職員室に引き揚げた後、作業開始です。

 

花壇で花を切る者、大急ぎで家に帰ってきれいな紙やリボンを持ってくる者、花の種類を見ながらとり合わせて花束を作る者、きれいに紙で包みリボンで飾る者…みんな吉田君と一緒に修学旅行に行くという共通の目的を達成しようと目を輝かせています。

いくつか出来上がると、一少年の指揮で男子の売り子部隊も出動です。

 

「お前ら二人は駅前、俺と池田は商店街な。それから本田と井上は団地に行ってこい。」

テキパキと指示を出し、自分も花を持って一少年は裏門から出ていきました。

「岩本、後頼んだぞ!売れたらまた残り取りに来るから!」

「オッケイ!任せとき!」受け合った岩本女史も女の子たちにテキパキと指示しながら花束を作っていきます。

合計9クラスの花壇が見る見る間に刈り取られていきました…それはみごとなチームワークで…

 

そして秋のつるべ落としの日がとっぷりと沈む頃、花束を売り終えた男子もみな戻ってきました。売上金を取りまとめていた岩本女史が一少年に封筒に取りまとめたお金を渡しながら言いました。

「吉田君が一緒に修学旅行行けるの、楽しみにしてるわ。」

 

翌朝、一少年は大目玉を覚悟で職員室に入っていきました。花壇の花を売ったお金を吉田君の旅費として先生に渡すためです。

「おはようございまーす!6年の鈴木です。入っていいですかー?」

そう言って担任の先生の目の前に立った一少年を、先生はまじまじと見つめます。

「…お前が遅刻しないなんて、何があったんだ?鈴木?」

 

 

 

事情を聴き終えた先生は怒りませんでした。

「これは私から校長先生に渡しておく。」そう言って大きな掌で一少年の背中をバシッと叩くと頭をくしゃくしゃかき回し、「行って良し!!」そう言ってお金を受け取ってくれたのです。

気持ちが通じた、そう感じた一少年は、うれしくて涙が出てきそうな気持でした。

(これで、一緒に行けるんだ、良かったな…吉田。)

達成感で胸が一杯で、夕べ、疲れて眠ってしまい、宿題を忘れたことなんか、これっぽっちも気になんかなりませんでした。

意気揚々(いきようよう)とみんなの待つ教室に引き揚げていく一少年を、先生は目を細めて、見守っていました。

 

 

初夏の爽やかな風が頬をなで、一さんは自分がうたた寝をしていたことに気付きました。

目の前のデスクに置いた愛用のカップから湯気が立たなくなるくらいの間、カウンセリン後の疲れとあまりに心地いい風のせいで眠ってしまったようです。

「先生?次の方が見えるまで、少し横になって来られたらどうですか?ここのところ忙しかったから…」心配げに声をかける青木さんに、一さんは言いました。

「うん、今のうたた寝でずいぶんすっきりしたよ、ありがとう。今、懐かしい夢見てたんだ、僕が6年生の頃ね…」

 

…一少年のお話は、ここでいったんお終いです。またの機会をお楽しみに。

 

 

 

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「封印された別れ」




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