Season1-Cace03      「がんを受け入れた女性」~前編~

隆浩井 | 2022年9月14日


          
                         Season1-Cace03      「がんを受け入れた女性」~前編~

ぽかぽかと南側の窓からの日差しが暖かい、ある晴れた秋の昼下がりのことでした。カウンセリングの合間にコーヒーブレイクを楽しんでいた一(はじめ)さんのもとに一本の電話がかかってきました。

「はい、鈴木カウンセリングルームです。」応対した青木さんが、受話器の通話口を手のひらでおおい、一さんを振り返るといいました。

「先生、以前ご相談にみえた佐々木様からお電話です。気になるお友達がいらっしゃるみたいで…」

一さんは受話器を受け取り、「もしもし?」と話しかけました。

佐々木さんからの電話は気にかかっているお友達のことでした。以前一緒に仕事をしていた看護師仲間の女性が退職後がんを患い、ふさぎこんでお見舞いに行っても泣いてばかりいるというのです。彼女は高齢のお母さんと二人暮らしで、お母さんに家事や身の回りのことを手伝ってもらいながら自宅で療養中だというのです。

 

「鈴木さん、何とか彼女を救ってあげられないでしょうか?」

そう切り出した佐々木さんに一さんは言いました。

「私も前からターミナル(終末期)の方にかかわってみたいと思っていました。何かのお役にたてるならお会いしてみたいと思います。」

 

さっそく今週末、佐々木さんが一緒に家に連れて行ってくれることになり、こうやって一さんと雅子さんは出会うことになりました。

 

土曜日の昼下がり、一さんは佐々木さんと待ち合わせて隣町に住む「伊藤雅子(いとうまさこ)さん」を訪ねることになりました。

町中から離れた郊外の古くからの住宅地の一角に伊藤さんの家はありました。きれいに手入れされた庭の飛び石を渡り、格子の引き戸を開けひんやりとした玄関に入ると佐々木さんが声をかけました。

「伊藤さん。私です、澄子です。具合はどう?」 

奥に向かって声をかけると腰の曲がった、雅子さんの母親らしきおばあちゃんが前掛けで手を拭きながら出てきて、上がりかまちに膝をつくとスリッパを出しながら言いました。

「いつもすみませんね、佐々木さん。雅子は奥にいますよ。さあどうぞ。」

佐々木さんはおばあちゃんににっこりと笑いかけると、言いました。

「お電話でお話していた鈴木さんです。きっと、雅子の気持ちをほぐすお手伝いをしてくださいますよ。」

おばあちゃんは一さんに向きなおり頭をぺこりと下げるといいました。

「どうか、あの子を救ってやってくださいまし。」

ひんやりとした廊下の突き当たりに雅子さんの部屋がありました。庭に面した明るい南向きの部屋に布団が敷かれ、肩からカーディガンを羽織った女性が庭を眺めています。

「雅子、具合はどう?今日はお客様連れて来たわよ。」

「…澄子、来てくれたのね。」雅子さんが振り向きます。細面の品のいい顔立ちで透けるように色が白く50代半ばとは思われない女性でした。

「せっかく来てくれたのに、気分がすぐれなくて…ごめんなさい。」ちらりと一さんに視線を移すと、もう眼には涙が浮かんでいます。

一さんはぺこりと会釈するといいました。

「はじめまして、鈴木一です。佐々木さんからあなたががんで、あと数カ月と言われていると伺いましたが、どこのがんなのですか?」

みんなが腫れものを扱うように接している雅子さんに、一さんは単刀直入に尋ねました。

「膵臓です。あと3カ月と言われてもう6カ月になります。」

か細い声でそう答える雅子さんに、一さんはにっこりほほ笑むとこう言いました。

「私も末期なのですよ。」

見るからに健康そうな一さんからそんな言葉が出るとは予想していなかったのでしょう。佐々木さんと雅子さんは異口同音に言いました。「どこか悪いのですか?」

すると一さんはこう言ったのです。

人はみんな末期状態ですよ。明日の命を保証されている人は誰もいません。私も今晩、心臓発作で死んでしまうかもしれないし、佐々木さんだって帰りに交通事故で死んでしまうかも知れない。年が多い人が先に死ぬとは限らないし、病気を持っていない人が事故で先に死んでしまうことだってある。誰にも何の保証もないのですよ。

だから私は、今ここをいつだって大切にしたいと思っています。限りのある時間を悲しみや恨みに明け暮れて浪費していくのも、充実感を持ちながら幸せに過ごすのも自分次第です。

雅子さんはどっちがいいですか?」

 

一さんの話に雅子さんも、澄子さんもあっけにとられた顔をしていましたが、そのお互いの顔を見たと同時に噴き出していました。

「なあにその顔。ハトが豆鉄砲食らったみたい。」と雅子さんが言えば、負けずに澄子さんも「あなたこそ!口をぽかーんと開けたままだったわよ。」とやり返します。

思わず笑いが出て和やかな雰囲気になり、お茶とお菓子を持ってきたおばあちゃんは「まあ、まあ!」と久しぶりに笑顔を見せた雅子さんに驚きながらも、うれしそうに微笑んでいました。

 

ひとしきり笑った雅子さんは一さんを向き直るといいました。

「もう二度と笑うことなんてないと思っていました。年老いた母親を残して、苦しんで、悲しんで、死んで行くだけ、そう思っていました。私も、まだ幸せを感じて生きてもいいのですね…」

「そうですよ。体は自由にならなくても、心は、頭の中はいくらでも好きなことができるんです。小さな頃の自分に会いに行ったり、できなかったことをしている自分を想像したり…、とっても楽しいですよ。そうして頭の中を自分で楽しくする方法知りたくないですか?ファンタジーワークっていうんですよ。」

こうして、はじめさんは雅子さんのカウンセリングを自宅でするようになったのです。

 

雅子さんは笑っていつもより血色のよくなった顔を一さんに向けるといいました。

「鈴木さん、どうやったらいいんですか?」

「まず、7歳より小さい時のことを思い出してください。いちばん楽しかった思い出は何ですか?」

雅子さんはしばらく考えていましたが、不意にくすっと笑うといいました。

「幼稚園の頃、遠足に行った河原でお友達と並んでお弁当を食べたのが楽しかった…」

一さんはにっこりとして言いました。

「じゃあ、今からその子に会いに行きますよ。目を閉じてその場面を思い浮かべてください。後ろからそっと近づいて、小さなあなたの肩をやさしくポンポンってたたいてください。小さなあなたが振り返ったら、自己紹介してくださいね。『こんにちは、私が大人になったあなたよ。あなたが元気に女の子として生まれてきてくれたおかげで、50数年の人生を歩んでこれたのよ。いろんなことがあって、大変な時もあったけど生き続けてきてくれてありがとう。』って言って、いろんなことお話してみてください。」

 

雅子さんは目を閉じ、しばらくすると微笑んでいました。

しばらくして目をあけると、こう言ったのです。

「ああ、こんな楽しいこと久しぶり…」

 

しばらく経って雅子さんが再び目をあけると、一さんは「初恋はいつですか?」とたずねました。

雅子さんはほほを上気させながら「えーっと、中2だったかしら?恥ずかしくって一言も話すことができなくて。」と答えました。

「じゃあ、その初恋に人に会いに行きましょう!」一さんが言うと、雅子さんはもう一度目をつぶりました。にこにことする雅子さんに一さんが言います。

「あなたが彼と交渉して、中学2年のあなたとお話しさせてあげたら?」

 

イメージの中で雅子さんは、初恋の彼を呼び止め「あの子と少しお話してあげて。」と頼み、二人が並んでベンチに腰掛け、話すのを遠くから見守っていました。

恥ずかしそうに、うつむきながらぽつりぽつりと話す二人の様子があまりにもかわいらしくて、ずっと見ていたかった…。目を開けた雅子さんはそう言いました。

なんて楽しくて、幸せなんでしょう…こんな穏やかな気持ちになれる日がまた来るなんて…」涙ぐむ雅子さんに一さんは言いました。

「そうですよ。体は自由が利かなくても、心はいつでも自由です。今日一日を悔みながら恨みつらみを言って過ごすのも、楽しかったころを思い浮かべながら幸せな気持ちで過ごすのも、あなた次第ですよ。あなたの頭はあなたにしか使えないいのだから。

一日が終わる時に自分の中のいちばんやさしい自分になって自分をほめてください。

今日も一日生きていてくれてありがとう。』ってね。」

 

一週間後にまた訪ねる約束をして、一さんと佐々木さんは家路に着きました。

帰って行く道すがら、佐々木さんが一さんに話しかけてきました。

 

「生きているってなんて贅沢なことでしょうね。それを忘れて、不満を言っては『もっと、もっと、足りない、足りない。』と得ることばかり考えていた自分が恥ずかしくなりました…今日はありがとう、鈴木さん。」

佐々木さんはそう言うと、自宅方面に向かうバス停に足を向け、何度も振り返っては会釈し、帰って行きました。

そんな佐々木さんを見えなくなるまで見送った一さんは、自らもバス停に向かいました。

みんなが待っている、我が家へと…

 

家に帰ると、末っ子の仁実(ひとみ)と早苗(さなえ)さんが夕食のテーブルについてテレビを眺めながら一さん達の帰りを待っていました。

「ただいまぁ」一さんが声をかけると「お帰り!」と二人が答えます。夕食を温めなおしにキッチンに立った早苗さんの代わりに、仁実が一さんに駆け寄ると「ねえ、聞いてパパ!今日学校でね…」と話しかけてきます。そんな何気ない場面にさえ幸せを感じます。

「仁実、今日も一日元気に生きててくれてありがとう!」懸命に学校での出来事を話し続ける仁実のことが、何ともかわいく、居てくれるだけでありがたくて、一さんは思わず、ぎゅーっと抱きしめていました。

「あーっ!いいんだぁ仁実だけ。」背後に視線を感じると、そこにはスネたふりをして楽しむ早苗さんと、バイトを終えて帰って来た瑠実(るみ)が立っていました。その時です。

「ご飯、ごはんー!!」とただいまの代わりに叫びながら一輝(かずき)が玄関のドアを開ける気配がしたのです。あまりの大声にみんなで吹き出すと、まだ泥んこの顔をした一輝がリビングの入り口から「??」と顔をのぞかせ、いっそうみんなの爆笑に拍車をかけます。

鈴木家のにぎやかな夕食の時間が始まりました。

 

一週間後、一さんは雅子さんの家を訪ねていました。

青白かった顔に血の気が戻り、表情もずいぶん穏やかになった雅子さんが出迎えてくれて言いました。

「あれから、いつの頃の自分に会いに行こうかっていつも考えているんです。それが楽しくって…

そう話す雅子さんはまるで新しいおもちゃをもらった子どものようでした。わくわくして、目が輝き、満ち足りて…。

安心感が得られるようになったためか、症状まで落ち着いてきたようでした。

「最近は母の手伝いも少しできるようになったんですよ。」そう話す雅子さんとうれしそうなおばあちゃん。

「よかった。」一さんがそう思った矢先でした。

 

数日後、佐々木さんから雅子さんが入院することになったと連絡があったのです。

 

 

👉≪ 後半に続く ≫


 

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~後編~




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