「無気力でやる気がない」
この問題はいくつかの原因があります。今回はその中の一つの原因のはなしをしたいと思います。
セラピスト池田登のカウンセリグを物語風にしたおはなし「鈴木はじめ」より
「やる気の出ない男の子」
「お父さん、目標や夢がかなったとたん、やる気が全く出なくなってしまうことってあるでしょう?
せっかく頑張って志望校に合格したのに学校に行けなくなってしまったり、やっと内定が取れた会社に就職したとたん五月病になってしまったりとか。
サークルの先輩がせっかく就職が決まったのに、なんだか体調がおかしくてあまり仕事に行けなくなってるらしくて…。
なんで、夢が叶ったのにそんな状態になってしまうんだろうね?」
バイトから帰ってばかりの瑠実が、夕食もそっちのけでこんなことを話しかけてきたのです。
「んー…状況を聞いてみないと断言はできないけど、『燃え尽き症候群』かもしれないね。」
はじめさんがそう応えると、
「私もそうじゃないかなーって思ってたんだ。時期的にも多くなってくる頃だし。」と瑠実も応えました。
「ねぇ、お父さん、燃え尽き症候群の時ってどんなカウンセリングをするの?教えてよ。」
「そうだなぁ…誰の事例がいいかなぁ…」
しばらくするとある人の顔が浮かんだようで
「小林君っていう大学に受かったばかりの子が来たんだ…」
そう言ってはじめさんが話し出したのはこんな話でした。
3月もあと数日を残すばかり、とはいえ花冷えで冬に戻ったかのような肌寒くてどんより曇った日でした。
はじめさんの友人の田中さんが一本の電話をかけてきたのです。
「知り合いのうちの子なんだが、ちょっと参ってるみたいなんだ。鈴木さん、話を聞いてやってくれないかい?入学を控えているから早い方がいいんだけど。」
はじめさんは予約表とにらめっこしながら
「他ならぬ田中さんの依頼なら。」
と請け負いました。
翌日、小林さん親子が時間ぴったりに尋ねて来ました。とても真面目そうなお父さんと、見るからに真面目に育てられた、という感じの息子さんは迎えに来た青木さんに会釈すると、案内されるままにカウンセリングルームのソファに腰掛けました。
初めての経験で緊張した面持ちで座っている二人にはじめさんは言いました。
「こんにちは、小林さん。息子さんが少しでも早く元気になられるようにお手伝いできればと思っています。カウンセリングやセラピーは初めてですか?」
その柔らかい話し方にほっとした顔をして、お父さんが口を開きました。
「はい、こんなことは初めてで…せっかく頑張って志望校の合格したのにどんどん元気がなくなって、私たちも正直何が何だかわからんのです。大学も県外だから引越しの支度や、入学の準備などやらなくてはいけないことは山のようにあるのに、気が抜けたようになってしまって。
どうにかなりますか?まだまだこれからだと言うのに…」
やっと相談できるという安心感からかお父さんは一気に話し始めました。
その隣で、顔を上げることもなく黙ったまま座っている男の子。
はじめさんは「分かりました。」と、いったんお父さんの話を止め、
「では、息子さんとカウンセリングに入りますのでお父さんは隣のお部屋でお待ちください。」
「え?あ、はい…」
何となく話の腰を折られた様子のお父さんは、拍子抜けしたような顔をしてカウンセリングルームを後にしました。
お父さんが青木さんに案内されてカウンセリグルームを出ると、はじめさんは小林君にそっと声をかけました。
「自分が本当にやりたいこと、分からなくなってしまったんだろう?」
その言葉にハッとした顔をして小林君ははじめさんの顔を見つめました。
「っ!?どうしてそれを?」
目標が見当たらず、何をしていいのかも分からず、何をするにも気力が湧かない状態の自分のことがなぜわかったのか…
そう思っていることが伝わってきました。
「お父さんと会ってみて分かったよ。田中さんから話を聞いた時点でそうじゃないかなとは思っていたけどね。君は小さい頃からお父さんたちの言うことをよく聞くいい子だったんだろう?」
分かってもらえる。そう感じたのでしょう、小林君は一気に話し始めました。
「はい、自分で言うのもなんですが聞き分けのいい子でした。
親や先生の言うこともよく聞くし、成績もいいほうで…
親が医者なので自分の出た大学の医学部に行くことと、最終的には病院を継ぐことを望まれていることは感じていましたし、実際、中学・高校になるころには口癖のように言ってましたし…
自分にとっても、親の出た大学に入って医者になるというのは夢だと思っていました。
でも、その夢の第一歩の大学に受かったら、とたんに気力がなくなってしまって…
最初は疲れが取れればまたやる気が出てくるだろうって思ってたんですが…
せっかく受かった大学だからしっかり勉強して国家試験に受かって医者にならないとって頭では思うんですけど、体がついてこなっくて…
僕、どうしたらいいんでしょうか…」
そう言ったっきりうつむく小林君にはじめさんは言いました。
「まず自分の中で、よく考えてごらん。『医者になりたい』と『医者にならなければ』どっちがしっくりくる言葉か…」
「医者になりたい、医者にならなければ…」
しばらくの間、小林君は自問自答をしていました。そして、首をひねりながら何度かつぶやくうちに、彼は顔をあげると確認するように言ったのです。
「医者にならなければ…だと思うんですけど…」
「そうだね、小林君はいつの間にか周りの期待、つまり要求を自分の夢、欲求と思い込んでいたんだよ。要求と欲求がすり替わってしまっていたんだ。
人の心の中には、これがほしい、こうしたい、こうなりたいって欲求が普通は自然と湧いてくるんだけど、それを表現するたびに周りの大人たちからダメだと否定されたり、もっとこうしなさい、これもしなさいと自分が望んだこと以上に要求されたりすることが続くと、だんだん自分の中から欲求が出てこなくなるんだ。
自分でも何がしたいかわからないっていう状態だね。
そうすると周りから要求されること、君の場合は『医者になる』ってことだけど、それがまるで自分の欲求であるかのように錯覚してしまうことが起きるんだ。
でもそれは本当の自分の欲求じゃないから、やってもやっても達成感や充実感がないし、しまいにはエネルギー不足になって燃え尽きてしまうっていう状態になっていくんだよ。
大学に受かることや医者を目指すことが君の本当の欲求だったならば達成感や充実感があるし、その先の大学生活への期待や大学でしたいこととか次の欲求が頭に浮かんでくるし、今楽しいと感じているはずだよ。
今の君の状態がどうやって起こったか、分かってきたかい?」
「自分の欲求…」
はじめさんの話を聞きながら小林君は考え込んでいました。自分の夢だと思っていたことがそうではない、と言われたのですから無理もありません。長い間そう信じていただけに、本当は何がしたいのかといわれても困ってしまう…とでも言いたげな表情です。
「すぐに本当の欲求を見つけようってあせらなくてもいいんだよ。
もともと、子どもは『これがしたい』って欲求を出した時、あなたならできるよ、やってごらんって『保護と許可』を大人からしてもらうことで、一歩踏み出すことができるんだ。
そして、成長するにつれて大人の保護と許可がなくても自分自身で『私ならできる、やってごらん』と自分を後押しすることができるようになっていくんだよ。
何かをやり遂げた時、満足感や達成感といった『快』を感じることで次にはもっと高いレベルの欲求を持ち、それを満たせるように努力していく…この繰り返しが人の器の成長っていうものなんだ。
小林君の場合は自分がやりたいことへの保護と許可より、周りの大人からの要求のほうが大きくて、自分の欲求を満たしていく達成感を持ったり、さらに高いレベルの欲求を持ってクリアしていったり、ということができないままここまで来てしまったんだね。
まずは、小さなことでいいからやってみて、自分の欲求を叶えたときに自分をほめてあげてごらん。すごい、良くできたね、頑張ったね…っていうようにね。ちょっとしたご褒美を自分にあげるのもいいよ。欲求を出してそれを満たしたら『快』を感じることができることが分かってくると、きっと少しずつやりたいことや欲求が湧いてくるようになるよ。
あせらないで、ゆっくりと試してごらん。」
表情がほっと和らいだ印象の小林君は、まっすぐはじめさんを見て言いました。
「何だか希望が見えてきたように感じます。不思議ですね、考え方ひとつでこんなに楽になれるんですね。さっきまでは気力がなくなってしまって、人生このまま終わるんじゃないかって思っていたのに。びっくりです。」
そう話す小林君の顔は、青白い顔ではなく、赤みの差した元気な表情になっていました。
「小林君は結局、学生生活を楽しみながらゆっくり自分のやりたいことを探すって言って大学に行くことにしたんだ。まだまだ長い人生だから大学でゆっくり本当にやりたいこと探しをするって言ってね。」
夢や希望って人を動かす原動力、エネルギーみたいなものだろう?
だから人は自分の本当の夢に向かっている時は燃え尽きてしまうってことはないんだよ。
燃え尽きてしまうのは他の人から要求されたことを自分の欲求だって思いこんで、エネルギー源がないまま動こうとするからなんだ。
子どもにとって夢や希望がどれだけ大切か、小林君の話を聞いただけでも分かるだろう?
ひとつひとつ自分の力で欲求を叶えていくことが自分の自信にもつながるし、成長にもつながっていくんだ。
大人のエゴで要求ばかりしていると子どものせっかくの成長を妨げてしまうということだよ。」
「なるほどね…そういうことか。聞き分けのいい子って大人にとって都合がいいってことだもんね。
大人だって子どものためって思うんだろうけど、逆に子どもを追い詰めちゃったりすることもあるんだよね。興味ややりたいことが尽きない私って幸せ者かもしれないね。」
おわり
※ちょっとひとこと
「ひとつひとつ自分の力で欲求を叶えていく」というのは、ごく小さなことからでもいいです。
家族で食事に行ったとき、自分の食べたい物を自分で選ぶ。そしておいしかった~!と感じる。
自分で選んだんですから、失敗してもいいんです。これを選んだのは僕なんだ。次からはこうしようなどと学ぶことができます。
もちろんやりたいことを全て叶えられるわけではありませんが、大事なのは自分で考え自分で行動する。
この積み重ねで今何が欲しいのか、どうしたいのを求めるようになります。
子どもの頃は、周りの大人からのアドバイスや情報も必要です
周りの大人も子供たちが「~がしたい」って言って来た時にまずはその思いを受け止めてあげる。
自分がどうしたいかが言える環境を作ってあげることが大切ですね。
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