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第43話 タイムリミット付きの人生

カウンセラー鈴木さん一家の55話

── 生きていても価値がないと感じ、人生に期限を決めてしまったあなたへ ──

「私、自分の人生30歳まででいいって決めていたから、どう生きていったらいいかわからないんです。もうすぐ30歳の誕生日が来るのに…。」

一さんは尋ねました。

「30から先の人生を生きてみたくなったの?」

彼女は答えました。

「はい、生きてみたくなりました…でも、私はどう生きたらいいのでしょうか?」

こんなにつらい目にあうんだったら、あたしは長生きなんかしなくていい。長生きなんかしたくない、こんな人生、30歳でたくさん。さっさと終わっちゃえ…

小さな女の子はそう決断していました。あまりに辛く、疎外された人生に絶望していたのです。

突然の父母の離婚、一番下の妹だけ連れて母は出て行ってしまいました。

「ごめんね。」の言葉だけ残して…

どうして私じゃないの?何で私を置いて行っちゃうの?

…今なら理解できる、母の立場。

母には小さな妹を連れていくことが精いっぱいだったのだ、大人になった彼女は頭では理解できるようになっていました。しかし傷ついた心のほうは未だに受け入れることはできていませんでした。

傷ついた小さな女の子は、次第に自分の存在を否定するようになっていきました。

私はいらない存在だ。生きていたってなんの価値もない…そう、お母さんに連れて行ってさえもらえない、いらない子なんだ。

母が突然出て行ったことさえ、受け入れきれないでいた女の子に、祖父母の態度は厳しいものでした。

男で父似の兄は受け入れられても、母似の妹は受け入れられない…そんな態度を隠そうともしない祖父母と、助けてもくれない、何事にも関心を失った父。

心の傷は、癒えるどころか大きくなる一方でした。

まだ小さな彼女は『しつけ』という名目で課される家事。まだ小学生の彼女は炊事・洗濯・掃除・買い物…家が商売を営んでいることもあって祖父母は当たり前のように女の子に家事を押しつけました。まだ、きちんとこなせるはずはないのに、こなせなければひどく叱られる毎日。

こんな辛い人生なんかいらない、30までがまんすればもう許してもらえるだろうか…

女の子の生きることへの執着は希薄になる一方でした。

そんな女の子は学校でも暗い、変わっている、といじめられるようになっていました。

救いの手はどこからも差し伸べられることがありませんでした。

一か所を除いては。

不憫に思ったお隣のおばあちゃんが、祖父母の目を盗んで「かわいそうになぁ」と慰めてくれるひと時、その時におばあちゃんがくれるほんの少しのおやつ。それだけが女の子を

この世につなぎ留めてくれているようなものでした。

30になったら死んでやる…死んででも私の苦しみをわからせてやる…。

…誰に?祖父母に?…それとも私を置いて行ってしまったお母さんに?助けてくれないお父さんに…?

それすらもう、分からないような追い詰められた状態でした。

高校を出ると、逃げるように家を離れて女の子は暮らし始めました。

自由を手に入れたような錯覚に浸れたのはほんのしばらくの間でした。

誰からも責められることのない毎日のはずなのに、彼女は追い詰められ続けました。

…自らの頭の中の傷ついた自分に。

お前なんかいらない子だ。何の価値もない。お母さんにだって見捨てられたくせに…

そんな言葉が、昼夜彼女を苛み続けました。

追い詰められた彼女は自殺を図りましたが、救急車で運ばれ未遂に終わりました。

病院のベットで意識を取り戻し、何か言いたげな様子の女の子に気づいた看護師は、

一瞬耳を疑いました。

「何で、生きてるの…?どうして…」

女の子の心には、助かった喜びはこれっぽっちもありませんでした。あるのはただ、

絶望感だけでした。

タイムリミットだけが、どんどん近付いていました。死ぬことへの恐怖どころか、

タイムリミットが切れて楽になれる日を女の子は心待ちにしているかのようでした。

彼女にとっては生きていること自体が、苦痛にしか感じられなかったのです。

そんな中でも、心の奥底には生きることを望む気持ちが隠れていたのでしょうか、ひょんなことから知人にワークショップに誘われ、一度心理療法を経験した彼女は再度、訪ねてきたのです。

数回のセッションを重ねるうちに、ふと彼女の口からこんな言葉がもれました。

「私、自分の人生30歳まででいいって決めていたから、どう生きていったらいいかわからないんです。もうすぐ30歳の誕生日が来るのに…。」

「30から先の人生を生きてみたくなったの?」

彼女は答えました。

「はい、生きてみたくなりました…でも、私はどう生きたらいいのでしょうか?」

一さんは、死にたがっているのは29歳の彼女ではなく、傷つき人を信じないと決断した

小さな女の子なのだということを分からせてあげなくてはいけないと考えました。

そしてこう言ったのです。

「小さい頃の家の中を見てみようか。」

一さんはホワイトボードに上辺の空いた四角を書くと彼女に聞きました。

「この四角はお家だよ。空いているところが玄関って思って。このお家の中であなたの家族は、それぞれどこにいて、どっちを向いている?感覚的にこの中に書いてみてごらん。」

彼女は家族を一人一人を思い浮かべながら答えて行きました。

「家の真ん中に祖父母が並んでいて玄関の方を睨んでいます。

父は家の隅にいて外を見ています。兄は父に近くにいますが、反対を向いています。

…母と妹が家の外にいて、遠くから家の方を見ています…」

「それで、『私』はどこにいるの?」

一さんが訪ねた言葉の答えが見つかったとたん、彼女の目から涙があふれ出しました。

「…外に…玄関の外に、一人でぽつんと…。ああ、ひとりぼっちで、寂しそうに家の方を見て…います。これが、小さい頃の私…?」

そう言ったっきり、あとは言葉になりませんでした。

あふれてくる涙を拭おうともせず彼女は泣きました。

「この子はなんて言っているの?」

そう尋ねた一さんに、彼女は言いました。

「こんな苦しい人生は嫌だ、もうたくさん、こんな人生早く終わってしまえって…

30までがまんすれば、楽になってもいいよねって、誰も必要とは言ってくれないし…って…そう言ってます。」

「この子、かわいそうだと思わないかい?誰も助けてくれないよ。」

小さな女の子に引き戻されてしまって、泣きじゃくる彼女に、一さんは厳しく言いました。

「あなたも、この子を守ってあげないの?今まであなたもほったらかしにしていたんだよ!誰がこの子を守ってやるんだ!!」

雷に打たれたかのように、びくっとしてあげた彼女の顔は、小さな女の子ではなく、

29歳の女性でした。

「この子を助けてあげることができるのは、誰だか分かったかい?」

死にたがっていたのは、小さな女の子だ…そしてそれを助けてあげられるのは、29歳になった自分しかいない…それに気づいた彼女を見守りながら、一さんは優しく問いかけました。

「…はい。そうか…私が助けてあげなくちゃ、いけなかったんですね…」

彼女の涙は止まりませんでした。でも、その涙は死にたがっている小さな女の子のものではなく、その子がかわいそうだった、と思いやる29歳の彼女のものに変わっていたのです。

「ありがとうございました。ようやくトンネルの先に出口の光が見えてきたような感じです。これからは、小さな私をどうやって守っていくかしっかり考えようと思います。」

自分の中で、少し整理がついたらまた伺います、そう言って彼女は戻って行きました。

そして、2週間ほどたったある日のことでした。

一さんに一通のメールが届いたのです。

『30歳の命を、屋久杉の前で迎えました。』

その、短いメールには彼女の写真が添付されていました。

30歳になった彼女は、屋久杉の前でほほ笑んでいました…

ああ、彼女のタイムリミットは消えたんだな…

一さんは心の中で「誕生日、おめでとう。」と彼女に言いました。

屋久島に降るような、優しい雨の降る日曜日の朝でした。

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