Season1-Cace08      「偽りの私」

隆浩井 | 2022年9月20日


          
                         Season1-Cace08      「偽りの私」

子どもたちは部活に、友達との約束に、と早々に出かけてしまい、久しぶりに奥さんと二人きり(プラス一匹?)のある休日のことでした。

休み前、ということでたまりにたまった録画していた番組や映画をかなり遅い時間まで満喫していた一(はじめ)さんは、もうお昼になろうかという時間になってやっと布団から起きだしていました。

パジャマにカーディガンを羽織った格好でキッチンのカウンターに座ると、思いのほか高くなって眩しい日差しに目を細めて時計を眺めます。

「…もうこんな時間か…休みを半分損した気がする…」それでもまだまだ眠れるようなけだるい感じが残っていて、(もう一回寝なおそうかなあ…)なんてずぼらなことを思った瞬間でした。

「やっと、起きだしたのに、またもどろうなんて思ってないでしょうね?」

見透かされて、ギクッとした一さんがゆっくり振り向くと、洗濯物を干し終えた早苗(さなえ)さんがにっこりと笑って立っていました。そして、笑顔とは裏腹にこう続けました。

「もうシーツお洗濯に出しちゃったから、残念だけど二度寝できないわよ?」

早苗さんの二度寝防止策にもう一度布団に戻ることを阻まれた一さんは白旗をあげると、こう言いました。

「…コーヒーを一杯いただいてもいいでしょうか…。」

 

間もなくキッチンからコーヒーのいい香りが漂ってきました。

まんまと一さんを布団から引き離すことに成功した策士・早苗さんは上機嫌に鼻歌を歌いながらコーヒーを淹れ、カウンターに置くと寝ぼけまなこの一さんに言いました。

「せっかく、いいお天気だから二朗くん(※鈴木家の飼い犬)を連れてお散歩に行こうよ。公園の先にペットOKのカフェがオープンしたらしいから、そこでランチしよう?この間から気になってたんだ、新しいカフェ。」うきうきと話す早苗さんを見ながら、久しぶりに奥さん孝行(プラス二朗くん孝行?)するのもいいかと、少々乗せられた感はあるものの「たまには子ども抜きもいいか」と返事をする一さん。

「やった!そうこなくっちゃ!」

こうして二人と一匹はお散歩&ランチの休日を楽しむことになったのでした。

 

 

一月にしては暖かな日差しの中歩いていると、風がないせいかずいぶん春めいた感じがしました。二朗くんも久しぶりに長い時間散歩ができ、歩き始めのとび跳ねるような足取りから落ち着き、満足した様子です。新しくオープンしたというカフェを覗くとちょうどいい具合に日が差し込む窓際の席が空いていました。

二人はその窓際の席に座ると、二朗くんのフードと日替わりランチを2つオーダーし、おしゃべりを始めました。

間もなく、ランチが運ばれてくる頃、早苗さんが話し始めたのです。

「実はね、この間から通い始めたお料理教室のお友達なんだけど、子どもさんのことで困っているらしいの。小学校一年生の男の子らしいんだけれど、一人で学校から帰れなかったり、教室から飛び出したり、団体行動が出来なくて先生に手を焼かせているらしいのよ。一回お話を聞いてあげてくれる?」

「へえー、料理教室に行き始めたの?何食べさせてもらえるか、これから楽しみだなあ。

和食?洋食?田舎のばあちゃんが作ってくれてたような上品なお煮しめとか、奴(やっこ)のご主人の作ってくれる茶碗蒸しとか、あんなの家で食べれたら最高だなあ…洋食なら、おいしいポトフかなあ。いや、パスタもいいな。それから…」

「…話聞いてる?」まだまだリクエストが続きそうな一さんに待ったをかけるように早苗さんが話の腰を折ると、はっと我に帰った一さんは、バツが悪そうに二朗くんを覗き込み、頭をなでながらぼそっと一言呟きます。「休みの日くらい仕事の話から逃げてもいいよな、なあ、二朗?」

 

 

そんな経緯で、小林さんという女性が訪ねてくることになったのは10日後のことでした。

「奥さんからお聞きになったかもしれませんが、息子のことで本当に困っているのです…」そう言って相談に来たお母さんは表情を曇らせました。

「四月に小学校に上がったのですが、一人で学校から帰ってくることもできないし、集団行動ができなくて…。幼稚園の年少の頃まではちょっとしたことでもすぐ泣いてしまう以外は普通の子でみんなと一緒に行動できていたんです。年中くらいから一緒に行動できなくなってきて、急にお部屋から飛び出したりするようになって先生をてこずらせるようになってしまったのです。私も何とかみんなと一緒にやっていけるようにと思って、つい口うるさく言ってしまって手まで上げる始末…いったいどうしてこうなってしまったのでしょう?」

お母さんは、はぁーっとため息をつくとすがるような眼で、一さんを見上げました。

 

「子どもに手を挙げてしまったって後悔する人はそれだけまじめなんですよ。自分を責めても何にもいいことはないから、あまり自分を責めないでくださいね。子どもさんは卓也(たくや)君、でしたね。子どもさんはほかにいらっしゃるのですか?」

「はい、3歳の妹が一人います。この子は今のところ特に困ったことはないのですが…」

一さんは思うところがあるようで、お母さんの話す子どもの様子や心配ごとをしばらく、聞き役になっていましたが、お母さんの話がひと段落するとこう切り出しました。

 

「目の前で、あなたが卓也君を叱っている場面が再現されていると思ってください。卓也君を叱っているあなたの心理的な年齢は幾つぐらいに見えますか?」

お母さんはしばらく考え込むようにじっと自分の前の空間を見つめていました。

そして、はあっとため息を漏らすとこういったのです。

「…あぁ、56歳の小さな女の子に見えます…」

 

「そうですよ、小林さん。56歳の小さな女の子が思い通りになってくれないと怒りながら子育てしていたようなものですよ。そんな小さな子に子育ては無理でしょう?

小林さん、あなたは小さい頃どんなお子さんでした?おうちの様子とか、ご両親のこととか何か思い出すことがあったら、話してもらえませんか?」

「そうですねえ…」

卓也君のお母さんは斜め上に目線を走らせながら、しばらく考えていました。

そして、話し始めたのです。

 

 

「…私は3人兄弟の末っ子で上に兄と姉が一人ずついました。兄が5つ、姉が3つ離れていて、物心ついたころには兄や姉が父に叱られては叩かれているのを毎日のように見ていました。

父も末っ子の私は可愛かったのでしょう、よく膝に座らせて晩酌したり、肩車をしてくれたりしてとてもかまってもらっていたように思います。末っ子で要領もよかったのでしょうね、兄や姉が叱られているのを見ていましたからどうしたら叱られないですむか、自然とうまく立ち回って、怒られることはほとんどなかったように思います。

父も私のことを「千恵子(ちえこ)はお利口で賢い子だ。」と何かにつけて機嫌よく人に話していましたから、自慢の娘だったようです。」

「お父さんのことは好きでしたか?」

 

 

「…私自身、好きというより、父に怒られるのが怖い、父に嫌われたくないという思いが強かったのかもしれません。父に怒られないようにどうしたらいいか、嫌われないようにどうしたらいいか、それで頭はいっぱいでした。

勉強も、スポーツもできて、大人の言うことをよく聞くお利口さん、そのイメージを壊さないように、壊さないように…そんな思いで精いっぱいでした。」

 

なぜ、自分の小さい時のことなんか聞かれるのだろう、という疑問はお母さんの中からすっかり消えていました。話し始めるといろんな思いが噴き出してきた、そんな感じで小林さんは話し続けていました。

 

「結婚してもいい奥さんいいお嫁さんといわれるためだけに努力しました。主人に仕え、お義父さんお義母さんをたてて、自分でも本当によくやってきたほうだと思います。

自分のことは後回しでとにかくいい嫁と思われるように…

子どもが生まれるまではそれができていたんです。それが…」

 

子どもが生まれて以来、千恵子さんの完璧さは崩れていきました。

泣けば、なぜ泣かせているんだ、きちんと面倒見てるのかと言われ、風邪をひかせれば注意が足りないといわれ、ダダをこねればしつけがなっていないといわれる…

批判されるたび、完璧なお利口さんをしていれば怒られない、愛される、そうしないと安全でないと思い込んでいる千恵子さんの中の小さな女の子は、自分の思い通りになってくれない子どもに対していらだちを募らせついには手を挙げるようになっていったのです。

 

一さんからそう説明されるうちに千恵子さんの目には涙がにじんできました。子どもにすまないという思いと、作り上げた自分の虚像しか愛されていないという空虚感、偽らない自分を見つけて受け入れてほしいと訴え続けていた自分の中の小さな自分。

すべての思いが混じり合って涙になって流れていきました。

涙が止まったとき、そこには36歳の大人になった千恵子さんが座っていました。

 

 

一ヶ月後、再び一さんのもとを訪れた千恵子さんは卓也君の様子を話してくれました。

「最近は少しづつ落ち着いてきて、教室でイスに座ってすごし、飛び出すこともほとんどなくなってきたそうです。学校から一人で帰ることもできるようになりました。 

 

この間、卓也がお布団からはみ出したまま寝ていたんです。それを直してあげながら涙が止まらなくなって…なんてかわいそうなことをしていたんだろうってしばらく卓也の足をさすり続けていました。あのまま、偽りの自分に気づかないままだったらどうなっていたのだろうと思うとゾッとします。本当にここに来てよかった、ありがとうございます。」

そう言ってぺこり、と頭を下げる千恵子さんに一さんは言いました。

「そのお礼は自分に言ってあげてください。気づいて変わったのは小林さん自身なんですから。僕はそれに気づくお手伝いをしただけ。セラピストって助っ人のようなものですよ。」

そう言って笑った瞬間、トントンとノックの音がしました。

「お茶が入りました。」青木さんが二人の前に香りが立ち上るコーヒーを置いてくれます。

それを飲み、ほっとした表情を浮かべる小林さんを見ながら一さんも気持ちが暖かくなるようなそんな気がしていました。

 

小林さんが帰った後、後片付けを済ませてデスクに戻ったさん青木が一さんに言いました。

「問題が解決した後って皆さんとてもきれいになっていかれますよねぇ。今日の小林さんも、初めて見えた時よりすごくきれいになってらっしゃってびっくりでした!私も、人があっと言うくらい短期間できれいにしてもらいたいなあ。先生っ!お願いしますっ!」

茶目っ気たっぷりにいう青山さんを見ながら、一さんはにやっと笑いこういったのです。

「桜くん、君も僕の弟子を名乗っているなら知っているはずだろう?自分を変えられるのは自分だけ…他力本願じゃきれいになれないよ。」

一瞬絶句した後、「先生、ストレートすぎます…その一本…」とつぶやく青木さんを横目に「久々の一本!」と悦に入る一さんでした。

 

 

 

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