Season3-Cace11      「駆り立てるもの」

隆浩井 | 2022年10月07日


          
                         Season3-Cace11      「駆り立てるもの」

「鈴木さん、僕、仕事に復帰することになりました。ここまで来れたのは、鈴木さんと、鈴木さんの紹介してくれた先生のおかげです。うつで動けなくなった時、すぐに入院を受け入れてくれて、仕事から離れる環境ができたからよかったんだと思います。

でも、職場にも随分迷惑をかけたし早く戻らないと申し訳なくって。先生に頼んで退院、早めてもらったんです。訳もなくブルーになったり消えたいなあって思うことももうないんで…」

 

明日から職場にもどるという日に、その報告に彼が寄ってくれたのは3ヶ月ほど前のことでした。

もともと、人に気を使うことの多い井上さんから、この報告を聞いた時、一(はじめ)さんはすっきりとしないものを感じていました。

 

「くれぐれも、無理して自分を追い詰めないようにね。」

復帰は止められないにしても、かろうじてそれだけは伝えておかないと、と思い、一さんは井上さんの目を見ながら真剣に言いました。

「はい、それはもう…」

そう言いながら帰って行った井上さんを見送った後、一さんは青木さんにポツンと洩らしました。

「井上さん、心配だなあ…。」

 

あれから3ヶ月、いつも頭の片隅に井上さんのことがあった一さん。

ある日、うつ状態で職場に行けなくなったという訴えのクライエントさんのカウンセリングが終わった後、事務室のデスクに戻って来ると、お茶の片付けをして戻ってきた青木さんに言いました。

 

「今のクライエントさんも井上さんと同じようにがんばりすぎてうつになってしまったんだ。交流分析という心理学の理論の中に「ドライバー」という考え方があるんだけど、青木さんにはもう教えていたよね?

直訳すれば「駆り立てるもの」といった意味で、5つあるうちの複数をほとんどの人が持っているといってもいいほど、たくさんの人が持っているって言われているんだよ。

小さい頃にどう育てられたかで、どのドライバーを持つようになるかは決まるんだ。

「完璧にしなさい」と言われてきたか、自分を犠牲にしてでも「人のために尽くせ(人を喜ばせろ)」と言われたか、がんばっても、がんばってもさらに「努力しろ」と叱咤激励されたか、「急げ急げ」と追い立てられていたか「強くなければ負けだ」と教え込まれたか…。

 

一説では、「トイレトレーニング」のときに刷り込まれるっていう学者もいるんだ。

確かにおむつをとるころになると、「急げ急げ」「おもらししないように(完璧に)」「がんばれ(努力しろ・人を喜ばせろ)」「しっかりしなさい(強くあれ)」って言われ続けるからね。

この五つのドライバー「完全であれ」「人を喜ばせろ」「一生懸命努力しろ」「強くあれ」「急げ」は、これに従っているうちはトラウマから(あくまでも一時的に)解放され、自分を肯定的にみることができる言葉なんだ。

 

例えば、「一生懸命努力している限り私は存在する価値がある」「完全でいる限り私は重要に扱われていい」「人の役に立っている限り(他人を喜ばせる)私は成功してもいい」といった具合にね。

 

井上さんたちはこの「ドライバー」がかかった状態で生きているんだ。毎日毎日、ドライバーに「急がないと」「完璧にしないと」「人を喜ばせないと」「強くないと」「一生懸命努力しないと」って駆り立てられている状態でがんばりすぎて、エネルギー不足で動けないうつ状態になってしまうんだよ。

これが、要求でなくて自分自身が「やりたい」と思ってすることなら問題ないんだけど、

自己肯定(自分が好き)というベースがないのに要求のままやり続けることは自分の中のエネルギーを消耗していく一方なんだ。」

 

興味深そうに聞いていた青木さんは、とても納得がいったようでこう言いました。

 

ドライバーって話を聞いた時はちょっと難しいなって思っていたんですけど、実際のクライエントの方の話で、症状にどう関わっているのかを聞くと分かりやすいですねえ。

知らず知らずのうちに、急いでしなくっちゃとか、一生懸命しなくっちゃとか無意識に思ってやっていることありますものね。ドライバーってかかっている間トラウマから解放されるものだから、そんなに悪いものじゃないって思ってました…。やっぱり、トラウマって根本的に解決するのが一番なんですね。」

「そうだね、トラウマを解決することと、ありのままの自分を受け入れることだよね。

ドライバーに「駆り立てられている」自分に気がついたときにはこう声をかけてあげるといいんだ。

 

「完璧でなければ」と焦っていたら「今のままのあなたで十分だよ」

「人を喜ばせなくては」と思い込んでいたら「自分を喜ばせて、優しくしてあげて」

「強くなくては、負けたらだめだ」と意地を張っているなら「心を開いて、自分が本当はどうしたいのか表に出してごらん」

「一生懸命努力しなくては」と自分を追いつめていたら「するだけでいいよ」

「急げ」と自分を切羽詰まらせていたら「ゆっくり、十分時間をかけていいよ」ってね。

 

…こんな風に自分に許可してあげる言葉をかけてあげられるようになると「駆り立てるもの」から少しづつ解放されてくるはずだよ。」

 

「自分自身への「保護と許可」なんですね。今の世の中、急げとかがんばれって言われることはあってもゆっくりでいいよとか、するだけでいいからって言ってもらえることなかなかないですもんね。もちろん、自分の中でもがんばっても、がんばっても、駆り立てられているように感じる人多いと思いますもん。この、5つの許可する言葉を知っているだけでも、うつにならずにやっていくける人増えるんじゃないかなあ…」

 

青木さんの言葉に、一さんがぽんっと手を打って言いました。

「そうだ、それがいい!青木さん、名刺くらいの厚紙にドライバーとそれを許可する言葉を書いたカードを作ってよ。そして、井上さんにお手紙付けて送っておいて。」

 

青木さんは早速、カードを作りにかかりました。

そして、カードが出来上がると、井上さんあてに手紙を書き始めました。

 

 

 

「井上さま、お仕事にご復帰後、お変わりなく

お過ごしでしょうか?今日、鈴木と話していたところ、井上さまのことが気にかかっていたようで、同封のカードを作ってお送りしてほしいとのことでしたので、お手紙を出させていただきました。カードがお役に立てば幸いです。

また、お時間がございましたら事務所にもぜひお立ち寄りください。お待ちしております。」

 

青木さんは手紙とカードを封筒に入れると、ポストの前で「井上さんのお役にたちますように」と手を合わせて、封筒を投函しました。

 

それから3日後のことでした。井上さんから電話があったのです。

ちょうど、カウンセリングの合間を見計らってかかってきた電話に青木さんは「さすが、気遣いの方ですねえ。」と妙に感心しながら一さんに代わりました。

「井上さん?鈴木です。」

そう、一さんが言ったとたん、鼻をすするような音とともに、涙声の井上さんが言いました。

「すみません、あんまりいいタイミングだったもんだから、ついうれしくって涙が出てきちゃって…カード、ありがとうございました。

ここのところ、なんだか疲れやすくって、気分が沈みがちだったんです。

復帰する前に鈴木さんが言って下さった「無理しないように」っていう言葉が今頃になって身にしみてきていて…。

自分ではもう大丈夫と思って仕事に戻ったんですけど、もどればやはり気を使ってしまっているんでしょうね…身体の調子までおかしくなってしまって、最近では朝起きるのも辛いんです…。

自分をもっといたわってあげないといけなかったんだということにやっと気付きました。」

 

電話口でそう話す井上さんに、一さんは噛んで含めるように言いました。

「やっと気づいてくれたんですね。カード送ったかいがありましたよ。あのカードに書いてある『許可するもの』しっかり自分に言い聞かせてあげてくださいね。じゃないと、また元の木阿弥(もくあみ)になってしまうって分かったでしょう?

うつは自覚がないままどんどん悪くなって、突然動けなくなるんだから…お願いだから自分に優しくしてくださいね。」

「はい、肝に銘じておきます…」

受話器を置きながら視線を感じ、振り返るとそこには羨望(せんぼう)のまなざしを注ぐ愛弟子、青木さんがいました。

「先生、なんで井上さんがそろそろ危ないって分かったんですか!?」

その勢いにたじたじとなりながら、一さんは答えました。

「えーっと…勘…かな?」

「先生!それじゃ、分かりません!もっと科学的に裏付けられた理論じゃないと!!」

っていってもなあ…一さんはぼやきながらも考えました。

「そうだ!統計学的根拠!!ほら、うつの人にもう何百人もあってきたからさ、無理に復帰してだいたいこのくらいで再発する人、多かったんだよ…ってことじゃダメ?」

「…ホントですか?」

疑いのまなざしの青木さんに、今度は一さんが言います。

「経験上、分かって来るんだよ、青木さんもたくさんの人に会えば分かって来るって。

それに、話した時の雰囲気とか目線とかしぐさ、声の調子で、本当に良くなっているんじゃなくって無理してるんだなって読み取るのがセラピストだよ。精進するように!」

「そんなあ…技術は盗めってことですかあ…?」

「技術じゃない!共感とよくなってほしいっていう思いだよ。それだけあればなんとかなるもんさ。」

「先生、ファジーすぎです…」嘆く青木さんに一さんは言いました。

「ホントだよ。つらい状況から抜け出させてあげたいって真剣に思っていれば、いろんなアイディアや新しい理論を思いつくもんさ。必要は発明の母ってことかな?」

「早く、その域に達したいです…」うなだれる青木さんに一さんが一言。

「人生経験も積まないとね!」

「痛いところ、突くんですね、先生…。」

 

まだまだ、師匠には勝てない(?!)青木さんなのでした。

 

 

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