Season1-Cace07      「理想のお父さん」

隆浩井 | 2022年9月20日


          
                         Season1-Cace07      「理想のお父さん」

いい子にしていたって、お勉強頑張ったって、お父さんは帰ってなんか来なかった…

みんなうそつきだ。もう誰も信じない、

 

モウ、ダレモシンジナイ…

 

 

一週間ほど前のことでした。事務所に一本の電話がかかってきたのです。

青木さんが電話を取ると、電話先で緊張したような声の女の人が話しだすのが聞こえました。

「もしもし、私、工藤真知子(くどうまちこ)といいます。以前そちらにうかがっておられた佐藤さんからそちらを勧められてお電話したのですが…あの…何と言ったらいいのか、うまく話せないのですが…」

思い切って電話をしたものの、今の状況をどう話していいのか分からない様子で、しどろもどろになっていく彼女に青木さんは優しく声をかけました。

「お電話ですべてお話しされようとなさらなくても大丈夫ですよ。とりあえずおいでになってセラピストとお話しされてみてはどうですか?完璧にお話ししようと思われなくても、必要なことはセラピストが伺っていきますから大丈夫ですよ。」

その言葉に少しほっとした様子で電話口からほっと息を吐く雰囲気が伝わってきました。

「ありがとうございます。できるだけ早く伺いたいのですが、先生の空いていらっしゃる時間はいつごろになりますか?」

「少々お待ちください。」青木さんは電話の保留ボタンを押し、スケジュール表を確認すると、保留を解除して話し始めました。

「お待たせして申し訳ありませんでした。少々予約が立て込んでいまして…申し訳ありませんが一番近い所でも一週間後の午前10時になりますがよろしいですか?」

「そうですか…仕方ないですよね…それでお願いします。」少し落胆したような雰囲気が口調から感じられましたが、真知子さんは一週間後のカウンセリングを予約するともう一度、「では、一週間後にお願いします。」というと電話を切りました。

ちょうど、コーヒーを入れてもらおうと、カウンセリング室から出てきた一(はじめ)さんはそのやり取りを聞いていたようで、「急いでらっしゃるようだったね。」と言いました。

事務室の入り口に向きなおった青木さんは「先生、お茶ですか?」と立ち上がりながら言いました。「ご紹介でお電話くださったのですが、一週間先しか空いていなくて…」

そう言いながら、コーヒーを淹れに奥に行く青木さんの後姿を見ながら、一さんは誰に言うともなくつぶやいていました。

「本当に、ここのとこ忙しいなあ…。商売繁盛はいいんだけど…それだけ苦しんでる人が多いってことだから素直には喜べないし。自分を廃業に追い込むほど腕のいいセラピストにはまだまだってことか…。さて、ひと段落ついたら次の週末に釣りにでも行きたいなあァ。」

 

一週間後、真知子さんは事務所にやってきました。スーツをきれいに着こなし、すらりと背が高く、切れ長のすっきりした目が印象的な美しい女性でした。周囲から見れば何の悩みもなく恵まれた人…と映ることでしょう。

カウンセリング室に案内しながらつい見とれてしまう青木さんと目があった瞬間、真知子さんはにっこりほほ笑むと、優雅に会釈してソファに腰掛けました。

見とれているのに気づかれて、やや赤くなった顔で事務室に戻ると、青木さんは一さんに言いました。

「先生、すっごい美人の方ですよ…あんな人でも悩みがあるんですねえ…」

一さんはクスッと笑うと、「じゃあ、青木さんお墨付きの美女に会いに行ってこようかな。」とカウンセリング室に向かいました。

 

「はじめまして、鈴木です。」会釈してソファに腰掛ける一さんに、真知子さんは立ち上がち、頭を下げながら「はじめまして、工藤といいます。よろしくお願いします。」とにっこりほほ笑みながら言いました。

(なるほど、青木さんが興奮するのも分かるなあ…確かに美人だ。でも、ほほえんでいるのに目だけは笑っていない。なんて悲しい目なんだろう。)

一瞬彼女の顔を見ただけで、一さんはそれを見抜きました。優雅な身のこなし、優しい口調、口元に浮かんだほほえみ。なのになぜか拒否されているような印象なのです。

 

「今回はどうされたのですか?」そう尋ね彼女の反応を見ていると、真知子さんは一瞬困ったような表情になり、話し始めました。

 

「あの…どうお話していいのか自分でもよく分からないのですが、私今年36になるのですがなかなか結婚となると踏み切れなくて…一人っ子なので親も私の結婚を望んでいるのですが…

男性とのお付き合いはあるのですが、いざ結婚となると何と言っていいのか、不安というか逃げ出したくなるというか、踏み切れなくなってしまうのです。今までに何人かの方に結婚を申し込んでいただいたこともあるのですが、すべてお断りしてしまって。

実は今付き合っている彼からもプロポーズされているのですが、なかなか返事ができなくて。早く返事がほしいと言われてはいるのですが…

理想が高いだとか、結婚への期待が大きすぎるのではとか、親や周囲の人が言うのですが、自分ではそんなつもりは全くないんです。

こんなことでもカウンセリングできるのでしょうか?」

 

話を聞く間、じっと彼女の表情を見ていた一さんは、思うところがあったようで、真知子さんにたずねました。

「工藤さん、あなたのご両親についてお話してもらえますか?」

一瞬考えた後、真知子さんは話し始めました。

 

「私の両親は私が8歳のころ離婚しました。私は母に引き取られ、母の両親と母に育てられました。母も祖父母もやさしい人たちで小さい頃、父はいつ帰ってくるのかと尋ねる私にいつも『真知子がいい子にして、しっかりお勉強して待っていると帰って来てくれるよ。』と言い聞かせてくれたものでした。

私も幼かったので、しばらくはその言葉を信じて母や祖父母の言うことをよく聞き、学校に勉強やお手伝いなど一生懸命がんばりました。父が戻ってくることはありませんでしたが…当然ですよね、母たちが幼い私を傷付けないように言ってくれた嘘だったのですから。

母も祖父母も過不足なく私を育ててくれたと思います。母は仕事で忙しくて、祖父母と過ごすことの方が多かったのは仕方がないことだと思います。」

 

じっと真知子さんの顔を見ていた一さんは確信を持ちました。

『これだな…』ひっかかりを感じた一さんは、真知子さんに言いました。

「工藤さん、あなたはいつもほほえんで話しているよね。でも、今はとても悲しい話をしていると私は思うのだけど、違いますか?今の話をもう一度、『私は悲しかったんです、なぜならば…』からはじめて僕に聞かせてもらえませんか。」

 

真知子さんは一瞬怪訝(けげん)な表情をしましたが、「私は悲しかったんです、なぜならば…」と話し始めました。するととたんに彼女の目に涙が溢れて来たのです。彼女自身なぜ涙が溢れて来たのか分からない、といった顔をしていたのですが、しばらくするとせきを切ったように次々と言葉が溢れて来たのです。

 

「そうよ…とっても悲しかった。お父さんとお母さんがケンカをするのも、お父さんが急にいなくなったことも。いい子にしても勉強をがんばっても、お父さんは帰ってこなかった…ずっとずっと信じて待っていたのに!!お母さんたちがいい子にしてたら帰ってくるっていったから…!!でもちっとも帰ってきてくれなくって、どんなに頑張っても、お利口にして言うことを聞いてもお父さんが帰ってきてくれないのは、きっと私のことなんか嫌いになってしまったんだって思って…とっても悲しかった…」

次第に口調も幼い子どものようになって訴える真知子さんの頭を優しくなでながら、一さんは言いました。

「そうだね。真知子ちゃんは悲しかったんだよね。」

真知子さんは一層激しく泣きながら、訴えました。

「お父さん、何で真知子の所に帰ってきてくれなかったの?! 待ってたのに、ずっとずっと…待ってたのに…」

次第に弱々しくなっていくその声が、すすり泣きに変わってしまい、やがてその泣き声も収まってきたころ、一さんは優しく声をかけました。

 

「真知子ちゃんはずっとずっととても長い間、いい子にして待っていたのに、ちっともお父さんが戻ってこないから、嫌われたって思ってしまったんだね。そして人を信じることはとても長い時間がかかる辛いことだって思い込んでしまったんだ。君は信じても、信じてもつらい目にあうから、とうとう信じることをあきらめた方が楽だと思ってしまったんだ。…悲しいことだね。」そう言いながらしばらくの間、優しく、優しく、真知子さんの頭をなでてあげました。

 

 

たくさん泣いて気持ちが落ち着いてくると、真知子さんは次第にしっかりとした顔つきななってきました。

一さんが差し出したティッシュの箱から、ティッシュを23枚引き抜くと、顔に似合わない大胆さで思いっきり鼻をかむと、きっぱりと顔をあげて言いました。

 

「これだったんですね、私が男性を信じ切れずに結婚に二の足を踏んでいた原因は…」

 

一さんは答えました。

信じるっていうことは、今ここの目の前のことなんですよ。ずっとずっと未来永劫変わらないっていうのは至難の業です。明日は裏切られるかもしれない、明後日は、来週はって考え出したら信じることなんか出来なくなってしまいます。

今ここで、目の前にいる人を信じる、それでいいんですよ。その後裏切る、裏切らないは相手の問題であって、だまされたとしてもあなたの非ではないのです。お父さんが帰ってこなかったのがあなたを嫌いになったためとか、あなたに非があったためではないようにね。

脳が発達途中の子どもは客観的に考えることがまだ難しいから、両親の不仲や離婚なんかを自分のせいだと思い込むことがよくあるのです。かわいそうなことにね…

お母さんたちだってあなたを傷つけまいとして、嘘をついてしまった。まさか、あなたがこんなに苦しむなんて思いもよらなかったでしょう。誰が悪いわけではないんですよ…

みんな良かれと思ってのことなのだから。

真知子さん、みんなを許してあげましょう。そうしたら、ご褒美に私が3分間だけ、理想のお父さんになってようと思っているんですが、どうですか?真知子さん、僕に、『3分間だけ理想のお父さんになってくれますか。』って聞いてごらん。」

 

 

真知子さんは一さんの申し出に、一瞬きょとんとした顔をしていましたが、次の瞬間には「はい!」と返事をしてこう言いました。「3分間だけ私の理想のお父さんになってもらえますか?」と。

 

「もちろん!」一さんは大きくうなづいて立ち上がると、両手を大きく広げてにっこりとほほ笑み、「おいで!」と一言だけ言いました。

真知子さんはその胸にぽーんと飛び込んでいきました。

 

胸の中で、小さな女の子のように泣きじゃくり、「お父さん、お父さん…」と繰り返す彼女に一さんは彼女の髪をなでながらささやき続けました。

 

「結婚して、幸せになりなさい。そしてかわいい赤ちゃんを産んで幸せな家庭を作りなさい。もう終わったよ、いい子で待ってなくても幸せになれるよ。幸せになりなさい…」

 

彼女にとっては28年間の空白を埋める、長い、長い幸せな3分間でした。

 

 

 

何度も頭を下げて、名残惜しそうに帰って行く真知子さんを見送った後、不思議そうな顔をして青木さんが一さんにたずねました。

「先生、工藤さんがいらっしゃったとき、とても圧倒されるというか、ちょっと私なんかが親しげに話せないっていうか、そんな感じがしてたんですけど、帰られる時はなんだかとても親しみの感じられる雰囲気だったような気がするんです。何が変わられたんでしょう?」

デスクに座って、青木さんの淹れてくれたコーヒーで一服していた一さんは、にっこり笑うとこう言いました。

 

「彼女は、『信じる』ってことを思い出したんだよ。カウンセリングが終わった後、それが目に現われていたんだね、きっと。彼女はこれから幸せな結婚して幸せな家庭を作っていけると思うよ。」

 


👉次回Season1ーCase08

「偽りの私」 




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「理想のお父さん」




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