Season1-Cace06      「病気をやめた女の子」

隆浩井 | 2022年9月20日


          
                         Season1-Cace06      「病気をやめた女の子」

3日ほど前の夕食後のことでした。久しぶりにバイトが休みで、みんなと一緒に夕食を食べた瑠実(るみ)が、食後キッチンの中でお茶碗を洗いながら話しだしたのです。

 

「ねえ、お父さん、『病は気から』って本当にあるよねぇ?ストレスで体の具合がおかしくなるっていうのはよく聞くけど、体と心ってどんなふうにして影響し合っているのかなあ、どう説明したらわかりやすいのかなあ…っていつも思うんだ。

学部の違う子やバイトの友達に面白いなーって思う心理学の話をたまにするんだけど、みんな興味はあるけど、話聞いても難しいって言うのよ。心理学も面白いけど、生物学とか、脳科学とかで、もっと科学的に説明できるとすごく分かりやすいと思うんだけど。」

リビングでテレビを見ていた一(はじめ)さんは振り向くといいました。

「ストレスで体調の悪い友達でもいるのかい?」

 

瑠実は片付け終わった手を拭きながらリビングに出てくると、クッションを引きよせソファに座わっている一さんの前にぺたん、と腰をおろして見上げました。

「んー…バイト先の子なんだけど、いっつもなんか具合悪そうなんだ。風邪もひきやすいし、頭痛いとか肩がこるとか…かわいそうなくらい。あんまり人づきあいが得意じゃないみたいだから、学校とかバイト先とかストレスなんじゃないかなあって…。」

「じゃあさ、瑠実。ストレスって何のためにあると思う?」逆に質問され、答えがもらえるとばかり思っていた瑠実は一瞬答えに詰まりました。

 

「ストレスってなんかのためになっているの?」不思議そうに聞く瑠実に一さんは言いました。

 

「ストレスってみんな邪魔もののように思っているけど、そうとばかりは言えないんだ。例えば、ストレスを何にも感じなくて働き続けていたらどうなると思う?きっとしまいには体を壊して、悪くしたら過労死ってことにもなりかねないよね。痛みだってストレスの一種だよ。体に余計な負荷がかかったり、関節が変な方向に曲がろうとした時、痛みを感じなかったら骨を折ってしまうかもしれない。ストレスって本来は『これ以上、無理をしたら大変なことになるよ。』っていうことを教えてくれるものなんだ。

これは『本物のストレス』というんだよ。これは必要なものっていうのは分かるだろう?厄介なのは偽物のストレスなのさ。これは、今、目の前に起こっている、命や体に危険なことを知らせるストレスと違って、自分の頭の中で作り出しているものなんだ。

目の前には何もストレスになる原因はないのに、いやな出来事を頭の中で繰り返し思い出したり、自分のことをどう思っているのだろう、嫌われてるのかも…とか、勝手に悪い想像をふくらませてそれが現実のように思い込んだり…目の前にきれいな景色が広がっていても、そんな時には全く目に入らなくって頭の中で悪いほうに悪いほうに考えてしまうことってあるだろう?

それが偽物のストレスっていうんだよ。世の中でストレス、ストレスって悪者扱いされているのはだいたい偽物のストレスなのさ。

これは、小さい頃、まだ客観性が未熟な脳が思い込みで刷り込んでしまったものやトラウマがさせているものだから厄介なんだ。

例えば、『人を見たら泥棒と思え』って小さいころに刷りこまれてしまったら、普通の近所づきあいだってものすごいストレスになるだろう?トラウマのない人にとってはなんでもないことが、ものすごく危険なことに思えたりして、自分で自分を追い詰めてしまうんだ。

 

じっと聞き入っていた瑠実はなるほどといった表情でさらに聞きました。

本物偽物のストレスのことは分ったけど、それと病気の関係はどうなっているの?」

「そうだなあ、どう言ったら分かりやすいかな…」

しばらく考えていた一さんは、ポン、と膝(ひざ)を叩くといいました。「良子(りょうこ)ちゃんのケースが分かりやすいかもな。」

「良子ちゃんって?」そう尋ねる瑠実に「良子ちゃんは、中学1年の女の子で不登校だったんだ。」と一さんは話し始めました。

 

 

その子はお母さんに連れられてカウンセリングにやってきました。中学一年生の彼女は不登校がちな上にぜんそく持ちで、たびたび発作を起こしては学校を休んでいたのです。

おどおどしたように上目遣いでちらっと一さんの顔を見はするのですが、自分から何かしゃべることはありません。

お母さんはソファに腰掛けるなりふうっと深いため息をつくと話し始めました。

 

 

「この子は小さい頃からそう体が強いほうではなかったのですが…最近はぜんそくの発作までおこすようになってしまって…」そう言ってお母さんがちらりと視線を移した先には、母親の横でうつむいたままじっと座っている少女がいました。

見るからに線の細い、か弱そうな女の子は、お母さんの視線にも何も言えないままじっとしていました。

『この子のぜんそくの原因はこのあたりにありそうだな…。』

感覚的にピンときた一さんは、どうやって彼女の心をほぐそうか、と考えを巡らせ始めていました…

 

「良子ちゃんって言ったよね。」彼女に話しかけながら、彼女とお母さんの顔を交互に見比べます。彼女がお母さんの顔をうかがうようにちらちら視線を向けるのを見て、一さんはもう一度彼女に話しかけました。

「良子ちゃん。今どんな気持ちだとか学校のこととか、何か話したいことはある?」

彼女はちらっとお母さんの顔を見ただけで首を横に振るばかりでした。

そこで、一さんは言いました。

「お母さんも、良子ちゃんも、いいですか。今から僕の許可なしに一切発言をしないでください。相手が言うことが間違っていると思っても、おかしいと思っても、僕がどうぞ、と言うまで話してはいけませんよ。その約束が守れなければ先には進めません。いいですか?」

そう言って二人の顔を見ると、二人は、「はい。分かりました。」とうなずきました。

 

「さて、良子ちゃん。」一さんは良子ちゃんに向き直るといいました。

「良子ちゃんは、なんでぜんそくをしているのかな?」

それを聞いたとたん、お母さんがあわてて言いました。「鈴木さん、それってどういうことですかっ!?」

「お母さん、私の許可なしにしゃべらないって言ったでしょう?」そうきっぱり言われると、お母さんは不満げな表情をしながらも、承諾しそれ以上何もいいませんでした。

 

彼女はお母さんの顔をちらちらと見ながらも、小さな声で言いました。

「ぜんそくのときは、休んでも怒られないから…」それだけ言うと、また黙り込みます。

「そうか…病気でもないのに休むと怒られるんだ。学校に行けないのに、行きなさいって怒られるとどんな気持ち?」

「…お母さんが怒りだすと、何にも言えなくなっちゃうの…怒られると、とても怖い…」

そう話す彼女の眼には涙が浮かんできました。

はっとした表情を浮かべたお母さんに一さんは言いました。

「良子ちゃんはお母さんが怖いって泣いてますよ。どうですか?」

 

話し出したお母さんの声も涙声になっていました。

「…かわいそうなことをしました。とにかく学校に行かせなくては、と思うあまりつい厳しく叱ってしまって…ごめんね、良子。」

親子はしばらくの間何も言わずに肩を寄せあって泣いていました。

上目遣いだった彼女の顔がしっかりと上がったころ、一さんは言いました。

「もう、ぜんそくはやめようか、良子ちゃん。」

すると、彼女ははっきりと答えたのです。「はい、もうやめます。」と。

それ以来、不思議とぜんそくの発作はぴたりと止まったのです…

 

 

「良子ちゃんは怖いっていう感情を受け入れてもらったとたん、病気が治ってしまったんだ。いや、病気にならなくてもよくなったって言ったほうがいいかな。

脳っていうのは『具合が悪いほうが安全(この子の場合はぜんそくになっていると学校に行かなくても怒られない)だ』と思い込むと、自分の体を病気にしてしまうことさえあるんだよ。脳が、刷り込まれている思い込み(本人にとっては真実だけど)を守らなくては危険だ、命が危ないと思っているからなんだ。

良子ちゃんはお母さんが受け入れてくれたからもう安全だ、と思ったとたん、ぜんそくを起こさなくなったよね。病気=安全っていうのは客観的に見たら間違っているけど、ぜんそくのときには怒られないという経験をした良子ちゃんの脳にとっては、正しいことだったんだ。客観的に考えることができる大人の脳になるまでは、自分の主観で安全か安全でないか決めていっちゃうから、その子がどう感じたかで決まってしまうんだ。」

 

「そっか…子どもの時って客観的に考えることができないからトラウマになったり、思い込みを作ってしまったりするんだね。でも、なんで大人になって客観的に考えることができるようになってからも、思い込みの通りに病気になったり、『人を見たら泥棒と思え』って思いこんだりしていることが間違っているって分からないの?」

 

「ちょっと難しい話になるけど、客観的に考えることができる脳は生まれてからいろんな経験をしながら少しづつ10歳くらいまでに完成していくんだ。それまでの間は生きるための機能を動かしている古い部分の脳が働いているんだけど、この古い脳は変わるのがすごく苦手なんだ。

(※こちらもご参照ください クリック👉「トラウマと脳のしくみ」

だって、息をしたり、心臓を動かしたりする所がコロコロ変わったら大変だろう?

この変わるのが苦手な古い脳思い込みトラウマは刷り込まれているんだ。だから、思い込みトラウマに気づいて変わろうとすることは、古い脳にとって命にかかわる一大事なんだ。

そんな時って、命にかかわる一大事のほうにエネルギーをとられてしまって、体を整えたり、免疫力を保ったりする分までエネルギーを使ってしまうんだ。命を守ろうとする働きがあだになって逆に体調を崩すことになるんだ。これが『病は気から』のもう一つの原因だよ。」

「そうか、『病は気から』って、病気のほうが安全っていう思い込みで自分から病気になったり、ストレスの原因にエネルギーを使いすぎて、病気に抵抗できなくなったりするってことなんだね!」

 

「そうなんだ。脳の働きって不思議だろう?人のことってよく見えるけど、自分のことって案外分からないよね。お父さんだってこんな仕事してるけど、自分のことになるとなかなか問題に気付かなかったりするんだ。古い脳はそれくらい上手に自分をだましているんだよ、そうしないと命が危ないって思っているからね。」

 

「ヒトの脳ってすごいね…」

 

「みんなが性格だって思っている中にも思い込みトラウマってたくさんあるんだよ。

性格だから仕方がないって思っていれば、変わることはないからね。古い脳にとってはそれが安心なのさ。

良子ちゃんみたいに、病気することで怒られないようにして自分を守ることもあるし、成功することや、成長することにトラウマを持っている人は大事な時に限ってけがや病気になってしまうってこともあるんだ。変わることを古い脳が怖がって、変わらないように邪魔しようとするんだね。間違っているけど古い脳はそうすることが命を守ることだって思い込んで必死に守ろうってしているんだよ。自分のことを守ろうとしているんだって思うとトラウマのことだってなんだか親しみがわくような気がしないかい?」

 

ストレストラウマっていらないものって思っていたけど、もともとは自分を守るためにできたものだったんだね…」

 

一さんはうなずきながら続けました。

「そうなんだよ。思い込みから作られたトラウマや自分の頭の中で作り出した、偽物のストレスのせいで苦しんでいる人にとっては逆に体を壊してしまう厄介者になってしまっているけどね。」

 

偽物のストレスから抜け出す方法ってないの?」瑠実はますます興味がわいてきたようで、一さんにたずねます。

 

「なかなか鋭いところを突いてくるなあ、瑠実も。そうだなあ…、まずストレスだと思っていることが、今目の前で起こっていることなのか、自分の頭の中で作り出しているものなのかを見極めることかな。もし、目の前で起こっていることじゃないなら、考えることをやめれば終わるだろう?気持ち切り替えるのは難しいけど、『これは私の頭の中で想像していることだ。嫌だったことを頭の中で再現している』っていうことを意識するようにすると、少しづつ切り替えが上手にできるようになってくるよ。

それに、ストレス本物偽物があるって知ってるだけでもずいぶん違うはずだよ。」

 

「そうだね。話をする前から『あの人私のこと嫌いかも』って思いこんでいたらストレスになるけど、相手にそう言われる前から思い込んでるのは自分だもんね。それをやめることができたらストレスにならないよね。トラウマ偽物のストレスの一種かもね。」

 

「おっ、瑠実もなかなか分かってきたな!?」

自分の仕事に興味を持ってくれることがうれしい様子で話しこんでいた一さんに、お風呂からあがってしばらく親子のやり取りを聞いていた早苗(さなえ)さんが、ひょっこりと口を挟みました。

「家に帰ってまで心理の話なんて、ほんとにセラピーが好きなのねえ…。あなたたち二人はほんとに似たもの親子だって思うわ。」

それを聞いた瑠実は一さんの腕に抱きつきながら答えます。

「だって、セラピーはお父さんと私のライフワークだもんねっ!」

「…っていうか、飯のタネかな?」そう言ったとたん瑠実に白い目を向けられる一さんでした。

 

 

👉次回Season1ーCase07

「理想のお父さん」




👉YouTube動画版 第6話

「病気をやめた女の子」




👉鈴木はじめさんのカウンセリングカルテ

~実話を元にしたフィクション集~

ブログTOP





👉お問合せ

(何でもお気軽におたずねください)



 


☆カウンセリングの空き状況確認☆

クリック👉代表セラピスト・池田登 

クリック👉その他・認定カウンセラー 

 




👉日本シェア&ケア

公式ホームページTOP

https://sharecare.jp/

コメントを残す